ベスト・オヴ・ジム・ゴードンは3回目の公開だったのですが、アクセス数はこれまでで最多でした。
アーティスト単位ではなく、べつのパースペクティヴで音楽を並べ替えてみると、認識が変化するものです。ジム・ゴードンの視点からは、グレン・キャンベルとフランク・ザッパは、ともに「顧客」であるという意味で、同じ価値をもつことになります。
グレン・キャンベルとフランク・ザッパの両方が好きで集めている、なんていう人はめったにいないでしょう。だから、プレイヤー単位で音楽を聴くのは、つねにチャレンジングなのです。彼らは、いわば、われわれ固有の「嗜好」を「レイプ」し、音楽観を破壊するのです。
アーティストのファンというのは、世間知らずの十代の生娘みたいなものです。だから、われわれが知っている、日本に来ていた「ヴェンチャーズ」を名乗るバンドは、スタジオではプレイしなかった、という大人の世界の話を聞かされると、「そんな、キタナイわ」と怯えるのです。まだそういうのが残存するのだから、世の中、笑いの種は尽きませんよ。
◆ ドラムの問題再び ◆◆
ローラ・ニーロのR&Bカヴァーのオリジナル、今回はトラック4のDesireeです。
ローラ・ニーロ Desiree
わたしの観点からは、このアルバムのトラックの出来を判断するのはじつに簡単です。ドラムが活躍するトラックはみごとに全滅、ドラムレスまたはドラムが控えめなトラックは、上出来またはOKです。
要するに、アップテンポはみなダメ、バラッドはうまくいっているということです。まあ、シンガーとしてのローラ・ニーロにもその傾向があるのもたしかですが、それにしても、そんなに極端にアップテンポが下手なわけではありません。
NYでゲーリー・チェスターがストゥールに坐る、という状況だったら(New York Tenderberry収録の曲で、チェスターはすごいプレイをしている。彼にとっても代表作)、結果は大違いだっただろうと思いますが、このフィリーのドラマーでは、なにをやってもどこにも行き着きません。
Desireeは、お聴きのとおり、ドラムレス。やれやれ、助かった、です。しかし、なんだか呪文のようで、メロディーラインがはっきりせず、結局のところ、アップテンポとアップテンポをつなぐためのブリッジのように聞こえなくもありません。
◆ チャーツのオリジナル ◆◆
Desireeのオリジナルは、チャーツというドゥーワップ・グループのヴァージョンです。
サンプル The Charts "Deserie"
これ、ほんとうに同じ曲かなあ、といいたくなるほど似ていません。タイトルですら、微妙にスペルが異なります。ローラ・ニーロのほうはDesiree、チャーツのほうはDeserieです。チャーツがWandに移籍して再録音したときに、Desireeに変更されたということなので、ローラ・ニーロ盤はそれを受け継いだということかもしれません。
女性名としてはDesireeがふつうでしょう。ただし、フランス系の名前で、最後のeにはアクセントがつきます。Walk Away Renee(最後のeにはアクセントがつく)をヒットさせたレフト・バンクは、やはり同じようなフランス系女性名Desireeをタイトルにした曲をリリースしました(チャーツ=ローラ・ニーロのDesireeとは同題異曲)。
ソングライター・クレジットは、ローラ・ニーロのほうは、C. J. Johnson、Danny Johnson、L. Z. Cooperの三人、チャーツのほうは、Clarence JohnsonとLes Cooperの二人ですが、ダニー・ジョンソン以外の二人は同一人物でしょう。バンドリーダーのレス・クーパーは、チャーツのマネージャーであり、名付け親だったそうです。
それにしても、似ていませんなあ。チャーツのほうはC-Am-F-Gタイプの循環コードであることがたちまちわかりますが、ローラ・ニーロのほうはコードがどうなっているかをすぐに把握することもできません。
そういった問題はすべて棚上げにして、両者を比較すると、チャーツのほうは典型的なドゥーワップの枠組を一歩も出ない、よくあるタイプの曲に聞こえるのに対し、ローラ・ニーロはいつものように、インティミットでプライヴェートな歌にしていることが最大の差異です。それが、歌詞やメロディーの改変と関係あることなのか否かは、よくわかりませんが。
◆ ジェンダーの問題 ◆◆
細かく比較する気はありませんが、ローラ・ニーロ盤Desireeの歌詞は以下のようになっています。
Desiree,
Desiree,
Oh my darlin' Desiree.
You make my heart feel so free.
And I'd like to know, why do I love you so?
Oh my darling Desiree.
Oh my Desiree, Oh my Desiree,
Desiree, Desiree, Desiree, Desiree, Desiree,
Desiree.
これですべてです。チャーツのほうは全部を引用すると長くなるので、一部だけを。
Don't know what you do to me,
You make my heart feel so free.
I'd like to know
Why do I love you so
Oh, my sweet Deserie.
ほんの少しだけ共通のラインを使っている、なんていいたくなるほど、大きく違います。
似ている、似ていないといったこととはべつのレベルで気になることもあります。ジェンダーです。デジレー(ないしはデザレー)というのは女性名です。女性への愛を女性が歌うというのは、どういう意味なのでしょうか。
ひとつは娘や妹といった肉親を想定しているケースが考えられます。あるいは親友というのもあるでしょう。そして、ストレートな同性への愛というケースもありえます。いえ、わたしはローラ・ニーロのプライヴェートなことなどまったく知らないので、どのケースも平等に可能性があると思います。
ただ、このアルバムに収録された他のトラックと比較して、Desireeは一段も二段も劣る曲で、そういう曲をあえてカヴァーした裏には、なにかプライヴェートな理由があるのではないか、ということは強く感じます。つまらない勘繰りをしてみたりすると、それなりに興味深く聴けるのでした。
ローラ・ニーロ
Gonna Take a Miracle
ライノ Doo-Wop Box
Doo Wop Box