和風ハロウィーン怪談特集3 小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」(東宝、1964年) その2

ハロウィーンは迫るのに、予定どおりには進行していないので、バタバタになり、大事なことをいくつか書き落としたり、いろいろ端折ったりしています。

『牡丹燈籠』その2のときに、できれば池野成のスコアのサンプルをつけたかったのですが、時間が足りず断念しました。

ところが、当家には三河のOさんという、平手御酒のような強い助っ人がついていて、映画から切り出したのではない、きちんとしたトラックをご喜捨してくださいました。それを聴いたら、映画よりずっといい音で、音質がよくなると、オーケストラ音楽というのは大きく印象が変わるもので、これはサンプルにするべきだったと思いました。『雨月物語』の音楽についても補足があるので、そのあたりはハロウィーンがすぎてからまとめてやるつもりです。

◆ 武満徹のスコア ◆◆
本日は『怪談』なので、そちらのほうのスコアをサンプルにしました。武満徹によるスコアは一部が盤になっています。いや、クレジットを先にご覧いただいたほうがいいでしょう。この映画の音楽も武満徹ひとりでやったものではないのです。

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とはいえ、サンプルにした部分は、状況から考えてクレジットの問題は起きないところだろうと想像します。サンプルは盤からとったものですが、長いトラックなので末尾の3分ほどをカットしました。また、タイトルはわたしが恣意的につけたもので、オリジナルとは異なります。

サンプル 武満徹「耳なし芳一の話」

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◆ 師匠より拝借ものの赤間神宮の写真 ◆◆
もうひとつ、こんどは絵のほうに話が変わりますが、たまたまわが写真の師である岡崎“風小僧”秀美氏が下関の出身で、赤間神宮周辺の写真を撮っていらしたので、ちょいと拝借させてくださいな、とお願いしたところ、快く数点の写真を送ってくださったので、前回の補足として、以下にそれを掲げさせていただききます。いつもはクリックしても同じサイズの写真が表示されるだけですが、以下の6点はクリックすると拡大表示されます。

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赤間神宮の水天門。下の写真も同じ。

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関門橋。壇ノ浦はこのあたりになる。

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同じく関門橋。手前の大砲は馬関戦争(下関事件)のときのものだそうな。

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上掲の写真と同じみもすそ川公園にある源義経像

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こちらは方角が逆で、赤間神宮よりさらに西のほうにある亀山神宮から関門海峡を望む。芳一が琵琶を弾じた場所はこんなではなかったかという気がする。以上6点は岡崎秀美氏撮影。

◆ あと一歩の透明人間 ◆◆
さて、映画『怪談』に戻ります。

甲冑の武士に手を引かれて、芳一はどこかの館に入ったつもりでいますが、そこはなにやら不思議な場所で、ギリシャ神殿の廃墟のような雰囲気になっています。

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そこにいる人びとも不思議な容子ですが、目が見えないからか、たぶらかされているからか、芳一はあたりの異様さには気づかない容子で、琵琶を弾じます。

翌晩も同じ甲冑の武士が迎えに来て、同じ場所で、壇ノ浦のくだりを、という注文を受けて語ります。あたりの人びとはいよいよ異様になり、鎧に弓矢がささったまま、などというように、死んだときの姿のままあらわれたりします。

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嵐の中、芳一のあとをつけていった寺男たちが、芳一が墓所でひとりで琵琶を弾じているのを見つけ、連れもどす。左から田中邦衛、中村嘉葎雄、花沢徳衛。

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翌日、和尚は芳一に問いただし、お前は安徳天皇の墓に向かって琵琶を弾いていた、平家の亡霊に取り憑かれたのだと断じます。和尚は、亡霊に取り殺されないように、納所と二人で、芳一の全身に「般若心経」を書いていきます。これで、亡霊に呼びかけられても、返答せず、身動きもしなければ助かるはずだ、と言い渡して、和尚と納所はその夜も通夜に出かけていきます。

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また甲冑の武士がやってきますが、経文のおかげで、彼には芳一のすがたが見えません。しかし、和尚と納所は、耳に経文を書くのを忘れたために、亡霊は耳だけを見つけます。

役目を果たそうとした証拠として主君に見せるために、耳を持っていくことにしよう、といった甲冑武者の亡霊は、芳一の両耳をつかんで引きずりまわし、結局、両耳を引きちぎってしまいます。

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通夜から戻った和尚は、耳をちぎられた芳一を見つけ、わしの手落ちだったと謝ります。しかし、いまさら耳が生えるわけではないから、このうえは養生しよう、耳だけですんで、命までは取られなかったのだ、もうあの魔物たちが来ることはない、と慰めます。

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◆ 通過儀礼としての亡霊経験 ◆◆
子どものころは、一面に文字を書かれた芳一の顔が妙に気味の悪いものに感じられましたし、力まかせに耳を引きちぎられるところは、うひゃあ、でした。今回の再見では、当然ながら、そういうところはそれほど気にならなくなりましたが。

原作もそうですが、映画のほうも、コーダのようなものが最後にあります。安徳天皇や平家一門の亡霊に、壇ノ浦のくだりを何度も所望され、最後は耳をとられてしまったということは大きな評判になり、貴顕紳士から、ぜひその技を、と所望引きもきらず、そうした人びとからの贈り物で、芳一は金持ちになったというのです。

その場面、法衣を着し、頭巾をかぶった僧体の芳一(盲人には独自の位階があるので、富を得て芳一は出世したという設定なのだろうと推測する。座頭から勾当、別当、検校と位階を上がるには多額の費用がかかり、「検校千両」という言葉も生まれたという)が登場するところは、ハッとします。

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ほんの数カ月の撮影期間のあいだに、人が現実に成長するはずはなく、これは演技(わたしにもわかる違いは、背筋を伸ばしたこと)とメーキャップと照明のおかげなのでしょうが、あのはげしい経験をくぐり抜けて、芳一が「本物」となり、ある道に通じた結果として生まれる落ち着きを得たことが、視覚的に表現されているのに驚きました。この映画でもっとも印象的なショットです。

はげしい経験は人を変えます。『雨月物語』の源十郎は、若狭の男を取り殺さんばかりの愛を経験したおかげで、ほんとうの生活に目覚めます。『牡丹燈籠』の萩原新三郎は、お露のおかげで愛のなんたるかを知ります。耳無し芳一は、亡霊たちの愛を経験し、耳を失うことで、たんなる「上手」、将来を嘱望される少年から、一流の技芸の持ち主へと成長を遂げます。

なんて書きつらねると、怪談の話をしているような気がしなくなってきて、思わず笑ってしまいました。

◆ 芳一と稲生平太郎 ◆◆
備後三次藩の侍、稲生武太夫(平太郎)は、十代のときに、ひと月のあいだ、夜毎、妖怪の来訪に悩まされたそうで、その記録がさまざまな形で書物にされています。わたしは稲垣足穂の『懐かしの七月――別名「世は山本五郎左衛門と名乗る」』で読みました(足穂はこの話を繰り返し改変していて、『稲生家=化物コンクール』という異本もある)。

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簡単にいえばポルターガイストと少年の戦い(というか根比べというか)なのですが、稲垣足穂はこれを「愛の記憶」といったように表現していました(現物売却のため確認できず)。つまり、化け物が少年に恋したというのが、足穂一流の解釈なのです。

『怪談』を再見して、耳無し芳一と稲生平太郎はなんだか似ているな、と感じました。芳一の場合は恋愛ではありませんが、彼の琵琶と語りの技能に対する熱烈な讃仰が根本にあるのだから、広い意味でそれはやはり「愛」といえるでしょう。

どういうわけだか、今回の特集でこれまでにとりあげた怪談映画は、みなこのパターンです。「ある愛の記憶」の物語なのです。『雨月物語』の若狭や、『牡丹燈籠』のお露の男への愛は、平家の亡霊たちの芳一の技量への愛着に通底していると感じます。どういうんでしょうかね。「取り憑く」というのは、ストーキングのことなのでしょうか。

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西洋の怪談だって、「愛」がからんでくることはありますが、日本ほど秤がそちらに傾いてはいないでしょう。ドラキュラは女に惚れますが、だからといって、それはほかの人間の血を吸う妨げにはならない、というか、吸わないと「生きて」いけないわけで、ラヴ・ストーリー一色ではありません。

たった三例のサンプルからなにかを一般化するのは無謀なので、深入りせずにおきますが、でも、われわれの民族的心性として、盲目の愛に駆られた亡霊を好む傾向があるのかもしれないと思ったのでした。

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by songsf4s | 2010-10-29 23:57 | 映画