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善人なおもて往生す、況や悪役をや――日活ギャングと小津安二郎

前回に引きつづき、今日もこぼれ話のようなものをひとつ。外題のとおり、小津安二郎の映画に出演した日活アクションの悪役俳優たちのことです。いや、正確には順序が逆ですが、そのあたりは後述するとして、まずはいくつかスクリーン・ショットをどうぞ。


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菅井一郎。『麦秋』(1951年)より。左は東山千栄子、背後は神宮の絵画館。

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二本柳寛と原節子。『麦秋』(1951年)より。北鎌倉駅上りプラットフォームの東京寄りの端あたり。

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三島雅夫と原節子。『晩春』(1949年)より。


いったいどういうことなのでしょうか、と決まり文句をいうまでもなく、まったくの偶然にすぎないのでしょうが、後年、日活アクションでギャングのボスを演じることになる俳優たちが、小津映画にはひしめいているのです。

日本最古のスタジオでありながら、戦時の統合のために製作を中止し、戦後も配給のみをおこなっていた日活は、1954(昭和29)年になって製作を再開するにあたって、各社からスタッフや俳優を引き抜きます。たとえば、松竹の助監督だった鈴木清順(このときはまだ本名の清太郎)は、監督昇格とサラリー三倍増の約束で日活に移ったと云っています。

そういう線で考えたくなるのですが、でも結局、松竹だから、日活だから、ということも、まったく関係なさそうです。三島雅夫はフリーだったし、安部徹も松竹の専属ではあったものの、その後はフリーで、日活アクションで悪役を山ほどやった時期も、日活専属ではなかったようです。二本柳寛についてはくわしいことはわからないのですが、やはり日活専属ではなかったと思われます。

そもそも、安部徹と二本柳寛の二人は、「日活アクションで活躍した悪役俳優」と呼んでかまわないでしょうが、三島雅夫や菅井一郎をそう呼んでいいかどうかは微妙なところです。二人とも、数本の日活アクションに出演しただけですし、とくに菅井一郎は悪役は多くなかったと思います。

でもまあ、まったくやらなかったわけではないから、ウソではありません。すこし細かく見てみます。

◆ 揃い踏みの『東京物語』 ◆◆
三島雅夫の悪役としては、野口博志監督、赤木圭一郎主演の『海の情事に賭けろ』をすぐさまあげることができますが、ほかにはとりあえず具体的作品名が出てきません。いやまあ、日活アクションは、ひとつの巨大な映画のように、頭のなかで溶けてしまっているので、しばしば分離がむずかしくなってしまうのですが。

菅井一郎は、当家で取り上げた映画では悪役はなく、医者(『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』)と刑事(『暁の追跡』、いや、これは日活ではないが)だけです。

それでもなお、やはり子どものころに見た映画の印象は強く、そして、善人役よりも悪役のほうが印象に残りやすくもあるので、三島雅夫も、菅井一郎も、悪役のような印象を持っていました。

小津安二郎の映画をまとめて見たのは三十代なかばのことです。最初は『晩春』でした。三島雅夫が大学教授役で出てきたので、へえ、と思いました。

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以上は三島雅夫。『晩春』(1949年)より。この竜安寺石庭のシーンを演じた俳優たちは、ほかになにもしなかったとしても、俳優であったことを誇りに思えるだろう。三島雅夫と笠智衆。


つぎは『東京物語』です。

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大坂志郎。『東京物語』(1953年)より。「まったく、いま死なれたらかないませんわ。親孝行、したいときに親はなし、さりとて墓に布団は着せられず、ですわ」

大坂志郎は笠智衆・東山千栄子夫婦の三男の役で、大阪の鉄道に勤めているという設定です。大坂志郎も、菅井一郎と同じく、日活映画では悪役と決まったわけではなく、しばしば善良な人物も演じていますし、すぐにはこの俳優が悪人を演じた具体的な作品名をあげることができません。

いま、心当たりを探してプロットを拾い読みし、松尾昭典監督、石原裕次郎主演『泣かせるぜ』で悪役を演じたことが確認しましたが、とんでもない悪人というわけではなく、保険金詐欺を仕組む貨物船の船長です。ギャングの親玉ないしは黒幕のような役も記憶しているのですが……。

すっかり失念していましたが、『東京物語』には、後年の日活アクションを支えた俳優がもうひとり出ていたことに、昨日、気づきました。

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安部徹と大坂志郎(向こうむき)。『東京物語』(1953年)より。二人のギャングがよからぬ相談をしているわけではなく、二人の鉄道員が親というものについて語り合っている。

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ほんの1シーンだけですし、しばらく見ていなかったので、すっかり失念していました。最近、なにかの記事で、安部徹の善人役というのを見てみたいなどと書きましたが、すでに見ていたのに忘れていただけでした!

また、先日見た木下恵介の映画にも、若き日の安部徹が三宅邦子の夫の役で、ほんの数ショットですが、子どもを抱いて善良そうな笑顔を見せていました。当時はなんでもないショットだったにちがいありませんが、いま見ると、あの安部徹がねえ、という感慨があるから時の流れというのはおかしなものです。

その次に見た小津映画は『麦秋』でした。以前にも書きましたが、開巻間もない北鎌倉駅のプラットフォームで、原節子に挨拶し、「『チボー家の人びと』面白いですね」なんていうので、思わず大笑いしてしまいました。演出者も演技者も笑いを意図していない場面なのに、後年の勝手な印象で笑ってしまい、どうも失礼しました!

しかし、『麦秋』の二本柳寛は、ややコミカルな役柄で、他のシーンでは、こんどはちゃんと「意図して」笑わせてくれます。

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杉村春子「紀子さん、おまえと結婚してくれるんだってさ。うれしくないのかい。うれしいだろ?」二本柳寛「そりゃうれしいさ……」

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二本柳寛を「日活アクションでギャングのボスを演じた渋い俳優」として記憶しているわたしのような人間にとっては、『麦秋』はじつにもって意外性の塊です。

なお、二本柳寛がギャングを演じた日活アクションとしては、『霧笛が俺を呼んでいる』『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』の二本を当家では取り上げています。

◆ ふだん善人ときどき悪役 ◆◆
やはり「日活の俳優」ではありませんが、数作の日活アクションで悪役を演じた人で、小津映画経験者はまだいます。

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小沢栄太郎。子どもは青木放屁。『長屋紳士録』(1947年)より。

この『長屋紳士録』については、映画そのものではなく、挿入曲についてですが、過去に取り上げています。小沢栄太郎は、飯田蝶子があずかっていた迷子の洟垂れ小僧(青木放屁、すなわち青木富夫の弟)の父親の役で、最後の最後に、ようやく子どもを捜し当て、お礼の申しようもありませんと、飯田蝶子に頭を下げる場面に登場します。

小沢栄太郎がギャングのボスを演じた日活アクションで、すぐに思いだすのは牛原陽一監督、赤木圭一郎主演の『紅の拳銃』です。わたしは『霧笛が俺を呼んでいる』のほうが好きですが、『紅の拳銃』を赤木圭一郎の代表作にあげる人は多いでしょう。

「悪役俳優」ではないし、「日活の俳優」でもありませんが、「日活アクションで悪役を演じた経験がある」ということなら、まだ他にも例があります。ひとりはすでに当家で取り上げた映画でギャングを演じた人です。

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右から北竜二、中村伸郎、佐分利信。『秋日和』より。北竜二は似たような役柄で、『彼岸花』『秋日和』『秋刀魚の味』という小津晩年のカラー三部作のすべてに出演した。

北竜二(または北龍二)が日活アクションに出演した例は、わたしは『東京流れ者』しか知りませんが、とにかく、一本だけは日活のギャングをやった例があるのです。

つぎはちょっと意外かもしれない例です。

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山茶花究。小津安二郎が東宝で撮った『小早川家の秋』では伏見の造り酒屋の番頭を演じた。

山茶花究が悪役をやった日活アクションというのはめずらしい、というか、わたしは一本しか知りませんし、ご存知ない方も多いだろうと想像します。石原裕次郎と浅丘ルリ子が共演した『夜霧のブルース』(野村孝監督)で、港湾荷役会社の社長を演じ、裕次郎の怨みを飲んだドスで刺し殺されます。

『夜霧のブルース』は、小林正樹の『切腹』のリメイクだそうで、たしかに、裕次郎=ルリ子映画としてはじつに異色な、二人とも無惨な死に方をする話でした。もっとも、石原裕次郎は、一度、死ぬ役をやってみたかったと喜んだそうですが! まあ、どうせ死ぬなら、あれくらい凄絶な最期のほうが演じ甲斐があるでしょうがね。

◆ ヤクザになった原節子の夫 ◆◆
さて、最後にもうひとり(そう、まだあるのです)、これまた悪役、善人役、両刀使いだった人が、小津映画に出ています。

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信欽三。『東京暮色』より。

『東京暮色』というのは変な映画で、わたしはあまり乗れなかったのですが、キャプチャーをしていて、ちょっと再見したくなってきました。信欽三の出番は少ないのですが、役はなんと原節子の夫です。

信欽三の悪役は、当家ではすでに二作をご紹介しています、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』『野獣の青春』で、ともに鈴木清順監督、宍戸錠主演です。

どちらも鈴木清順らしい変な悪役で、とくに『野獣の青春』のヤクザの親分は、悪党といってはちょっと可哀想で、いくぶんかパラノイアックではあるものの、昔気質なだけにすぎないともいえるかもしれません。宍戸錠には騙されるは、子分は云うことをきいてくれないは、最後はカミカゼ突撃するは、散々なことになってしまいます。

小津映画に出た俳優たちのなかに、のちに日活アクションの悪役として活躍した人が数人いたとしても、それがなんだ、といわれれば、どうだというわけではないけれど、ですがね。でも、最初に見たときは、どの映画にも「知り合いのギャング」が出てくるので、なんとも妙な感じがしました。

これで金子信雄がいれば完璧なのですが、そこまでいったら話ができすぎなので、これくらいでちょうどいいところのような気がします。


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by songsf4s | 2010-10-15 23:57 | 映画