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成瀬巳喜男監督『めし』(東宝映画、1951年) その1

小林桂樹出演の映画をもうすこしつづけます。もう追悼というより、ただかこつけているだけという感じになってきましたが……。

今回は成瀬巳喜男の『めし』です。撮影は玉井正夫、美術は中古智といういつもの二人に、原作はまたしても林芙美子、脚本は田中澄江と井出俊郎、音楽は早坂文雄というスタッフです。

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◆ 結婚五年、子どもなし ◆◆
ワンセンテンスでいうなら、『めし』は、東京からやってきて大阪の郊外(冒頭、原節子のナレーションで「大阪市の南のはずれ、地図の上では市内ということになっているが、まるで郊外のような寂しい小さな電車の停留所」と表現される。たしかに江ノ電の駅みたいな「箸箱」タイプ。どこらへん?)で暮らす、結婚後五年たった子どものない夫婦の家に、家出してきた夫の姪が転がり込んできたことによって、伏在していた夫婦の問題が表面化し、それを「とりあえずの解決」に導くまでの話、といったところでしょう。

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小林桂樹出演の映画というなら、社長シリーズでも見ればいいのに、行きがかりで見るにしても(二度目だが)、成瀬巳喜男はなかったか、とちょっと反省しました。まあ、身につまされるシーンはあるとはいうものの、やはり成瀬、静かに流れる世界はつねに魅力があります。

夫婦を演じるのは上原謙と原節子という、やはり成瀬巳喜男の代表作『山の音』の危機にある夫婦と同じ組み合わせです。成瀬巳喜男の『娘・妻・母』という映画で、「うちは美男美女の家系だから」と宝田明がいいますが、この夫婦の家も美男美女の家系になりそうです!

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「おーい、めしは?」

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困ったちゃんの姪を演じるのは島崎雪子、小津安二郎の嫁さん候補と噂されたこともあった女優ですが、ちょっとミスマッチと感じます。いや、この映画の役にはドンピシャ、小津の嫁さんという感じではないという意味です。小津の日記でも言及される、厚田雄春のいう「小田原の人」とはタイプが全然ちがうのではないでしょうか(結局、神代辰巳夫人になった)。

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◆ これですべてなの? ◆◆
ここで描かれる夫婦の問題は、嫁は「毎日毎日、こんなふうに同じことをつづけて、年をとって死ぬだけがわたしの人生なのだろうか?」と思っているのに、夫はそうとは気づかず、毎日「腹へった、めし」などというばかり、という、すくなくとも昔は普遍的だったパターンです。

子どもがいないから、といえるのかもしれませんが、子どもがいても、夫と子どもの世話に明け暮れるだけ、というふうに考えることも多いのだろうと想像します。昔はその基盤がないので、夫婦共働きというのはいたって少数派だったから、これは一般的な問題だったのでしょう。いや、いまでも、まだ普遍性があるのかもしれませんが。

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原節子は、そういう思いを胸のうちにしまって日々を生きていたのですが、家出した夫の姪の島崎雪子が東京からやってきたことによって、あれこれと心が波立ち、「しばらく実家に帰ります」というパターンになります。

それが原因というわけではなく、きっかけにすぎないのですが、姪が夫に甘えるのが癇に障るようすが、いかにも成瀬巳喜男というタッチで、細密に描かれ、原節子がリズミカルに米をとぐところが妙に怖かったりします。

前半は細密描写が興味深いだけで、心の問題は後半、原節子が横浜郊外の実家に戻ってからのシークェンスで描出されるのですが、今日はスクリーン・ショットと音の切り出しに手間取ってしまったので、まだなにも書いていないに等しいものの、残りは次回に持ち越させていただきます。

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◆ 早坂文雄のダンス・ミュージック ◆◆
『めし』の音楽は早坂文雄です。当家ではしばしば取り上げている佐藤勝が、映画音楽をやりたいと思ったとき、日本でその道の師匠たり得るのはこの人しかいない、と思い定めた作曲家です。

『狂った果実』の音楽を依頼された佐藤勝が、黒澤明の『蜘蛛巣城』と重なってどうしても時間がとれず、武満徹に応援を求めたのも、武満徹が早坂文雄の非公認の弟子のようなものだったために、「正式の弟子」だった佐藤勝と親しかったからです。

日本の映画音楽のもっとも重要な作曲家のひとりが、成瀬巳喜男の映画でどんな仕事をしたかは興味のあるところです。いえ、いたって控えめな、そしてオーソドクスなスコアです。そのなかで今日は、上原謙が田中春男につれられて行ったキャバレーで流れている「現実音」をサンプルにしてみました。タイトルは例によってわたしがテキトーにつけたものです。

サンプル 早坂文雄「キャバレー・ビックリだっしゃろ」

ほんの短い断片ですが、他の曲が弦を中心としたオーケストラ曲なので、この曲が出てきた瞬間、ハッとします。それに、ナイトクラブ・シーンで流れる音楽には、その時代の好尚がストレートにあらわれるので、いつも注目すべきだと思っています。

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それでは、次回はまじめに成瀬巳喜男の表現に取り組みます。やはり成瀬の代表作といわれるだけのことはある映画です。


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by songsf4s | 2010-10-03 23:28 | 映画・TV音楽