黒澤明監督『椿三十郎』(1963年、東宝=黒澤プロ) その1

前回完了したBlue Moon特集のために、当然、HDDを検索して、わが家にあるすべてのBlue Moonをプレイヤーにおいて聴きくらべました。

そのなかに、Blue Moonとはぜんぜん関係のないインストが入っていて、タグを見たら、タイトルはBluemoons、アーティストはバディー・エモンズとなっていました。Blue Moonではないのですが、ちょっとしたトラックです。

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ついでだから、グラム・パーソンズのアルバムでプレイしたことぐらいしか知らなかったこのペダル・スティール・プレイヤーのことを検索してみました。ディスコグラフィーを眺めていて、違和感があったので、よくよく見つめたら、Bluemmonsというタイトルになっていて、笑いました。文字が重なるとタイプミスをしやすくなります。

と思ってから、はたと気づきました。「このプレイヤーの名前はなんだっけ? Emmonsじゃないか!」つまり、Blueと名前を合成した造語だったのです。ということは、Bluemoonsというタグのほうが間違いだったことになります。

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このSteel Guitar Jazzというアルバムのオープナーはなかなかのものなので、袖すり合うも多生の縁、サンプルにしてみました。4ビートとペダル・スティールの組み合わせ自体がめずらしいのですが、ここまでホットなのはまずないでしょう。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

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アルバムの他のトラックも気になるかもしれませんが、Bluemmonsほど盛り上がる曲はほかにありません。だからアルバム・オープナーにしたのでしょう。

◆ 九人の馬鹿侍 ◆◆
さて、本日は、『江分利満氏の優雅な生活』に引きつづき、小林桂樹追悼です。



黒澤明映画を取り上げたって、いいことはなにもないのですが(1.めずらしくもないので当ブログの独自性を高めることはない、2.すでに大家気鋭がさまざまな言語で千万言を費やして語っているので、いまさら付け足すことはなにもない、3.うるさいファンが山ほどいて、なにかまちがえると、いらぬ面倒ごとを呼び寄せる恐れがある)、小林桂樹の映画というと、わたしは真っ先に『椿三十郎』を思い浮かべるのでして、この際だから、食い逃げのように、さっと書いてみるか、と思ったしだいです。

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多くの方がこの映画のことはご存知でしょうが、概要を書いておきます。前年の『用心棒』が大ヒットしたために、黒澤明は東宝から続篇の製作を要請されます。そこで黒澤明は、かつて弟子の堀川弘通のために書き、結局、実現しなかった山本周五郎原作の『日日平安』のシナリオに、『用心棒』で三船敏郎が演じた、名なしの浪人のキャラクターをはめこみました。

どことも知れぬ神社のお堂に九人の若侍があつまって、藩政改革について議論しています。代表者(加山雄三)が城代家老に意見書を提出したときの経緯を仲間に説明しているところです。彼は、家老にはまったく相手にされず、意見書は引きちぎられてしまったと仲間に報告します。

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そこで、菊井という大目付(清水将夫)にあたってみたところ、こちらはよく話を聞いてくれ、ほかの同士の諸君も会いたいといわれた――。

などといっているところに、お堂の奥からむさ苦しい身なりの浪人(三船敏郎)が、大あくびをしながらあらわれます。

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三船浪人は、さっきから話は聞いていた、岡目八目で当事者よりよく事情が見える、おまえたちは騙されている、と忠告します。

若侍たちは、この不作法な浪人を警戒しますが、お堂が大目付の手の者に包囲されたことがわかって、三船浪人の解釈の正しさはたちまち証明されます。この浪人が、頼りない九人の若侍を助けて、藩を牛耳ろうとする悪人たちを一網打尽にし、囚われた城代家老を救出するというのが、『椿三十郎』という話の骨子です。

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物語のプロットなどというのは、いくつかに分類できてしまうほどで、あまりたいした意味はありません。『椿三十郎』が稀有な映画になったのは、もっぱら黒澤明のディテールの描き方のうまさによります。

まあ、そんなことはたぶん多数の言語で繰り返し書かれているでしょうけれど、多数派はおそらく『生きる』や『七人の侍』を最上位におき、『用心棒』との比較においてすら、『椿三十郎』を下風に立たせるでしょう。わたしは、黒澤明の全作品のなかで『椿三十郎』がもっとも好きです。『用心棒』との比較でも、宮川一夫の撮影に気持は残るものの、この続篇のほうが数段好ましく感じます。

◆ 細やかなディテールの表現 ◆◆
インタヴューによると、小林桂樹は堀川正通監督『日日平安』の段階で主役を演じるよう依頼されていて、その役が『椿三十郎』にもスライドしたのだそうです。周五郎の『日日平安』は読んでいませんが、派手なアクションものを書く作家ではないので、小林桂樹が「地味な」主人公をやる予定だったというのは、さもありなん、です。目を吊り上げ、肩を怒らす改革派のあいだを泳ぎわたって、とぼけたことをいいつつ、改革を成功に導く、といったあたりなのではないでしょうか。

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しかし、三船浪人の登場で、この役は脇に押しのけられ、「見張りの侍A(木村)」なんてことになってしまいます。ところがどっこい、「A」に格下げされても、さすがは小林桂樹、じわじわとプレゼンスを強めていき、映画を見終わったときには、「あの小林桂樹の役がきいているなあ」と思わせてしまうのです。

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お堂を包囲されて窮地に陥った若侍たちを救うと(さすがは三船、この殺陣の動きはすばらしい。いくら撮りようと編集でごまかしがきくといっても、アクション映画の基本は体技、キレのある動きができる俳優が演じてこそ盛り上がる)、この数日メシを食っていないといって金を要求し、じゃあ、しっかりやれよ、と去ろうとして、いかん、と坐り直します。俺がその菊井という目付だったら、邪魔な城代を亡き者にする、急いで城代の安否をたしかめろ、と示唆します。

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九人とともに三船浪人が城代の邸に忍びこむと、案の定、一見静かだった邸には、菊井の手のものが入りこんで警戒していました。この点をたしかめるときに、三船敏郎が、その池には魚がいるか、ときき、加山雄三が、大きな鯉がたくさんいるとこたえます。

それなら大丈夫だろうという思い入れで、三船浪人が石を池に投げ込むと、とたんに障子が開いて、大刀を手にした侍たちが、何者、と誰何します。これで、城代家老がすでに殺されたか、悪人たちに監禁されたであろうことが、視覚的に確認されます。

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こういう処理というのは、一見、なんでもない、ささやかなものです。しかし、『椿三十郎』という映画のもっとも美しいところは、こうしたディテールのひとつひとつをまったくおろそかにせず、どのつなぎ目でも、小さな工夫をし、きちんと処理して話をつなげている点です。

とりあえずいいアイディアが出てこなかったからここは強引に押し通る、などという横着なことはまったくしていません。納得のいくアイディアが出てくるまでは、黒澤明がOKを出さなかったのではないでしょうか。シナリオの教科書であり、物語作りの根本にこれほど忠実な作品は、日本映画ではめったにお目にかかれるものではありません。

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◆ 見張りの侍A登場 ◆◆
善後策を練るために、三船浪人と九人の若侍は城代の邸の厩に移ります。そこに、逃げてきた女中が通りかかって、城代はどこかに連れ去られ、その奥方と娘は邸に軟禁されている、という事情がわかります。

見張りの侍たちにたらふく飲ませておけ、といって女中を戻し、三船浪人以下若侍たちはしばし時を稼ぎ、ころやよしと見ると、見張りを倒し、目星をつけた部屋に踏み込んで、城代の奥方(入江たか子)と娘(団令子)を救出します。

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小林桂樹(左端。顔は見えない)が殺陣をやったのは『椿三十郎』だけではないだろうか。三船敏郎に鞘で突かれて倒れるところ。

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三人の見張りのうち、ひとりだけ生きて捕らえられたのが「A」すなわち小林桂樹です。清水将夫大目付一派の事情を探るために、小林桂樹だけは生かしておいたのですが、結局、なにも吐かず、田中邦衛が「こいつをどうするんだ」というと、三船敏郎は「顔を見られたんだ、叩き斬るしかねえ」とあっさりいいます。しかし、入江たか子奥方は「いけませんよ、そんな。すぐに殺すのはあなたの悪いくせです」と叱りつけます。

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この入江たか子が、娘役の団令子とともに、じつに間延びしたいい味を出しています。椿三十郎のワイルドな味と、家老奥方のほわんとした味は、なんともいえない対比を成して、この映画を豊かにする大事な役割を演じます。

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清水将夫大目付の策略にのせられて、わずかな供回りの大目付たちを襲おうとし、幸運な偶然のおかげで(ここの処理もじつにうまい)、罠に陥るのを免れた若侍たちが三十郎とともにアジトに戻ると、小林桂樹が、閉じこめてあった押し入れから外に出て、乾いた服に着替えて(泉水に顔を押しつけられるという拷問を受けた)食事をしています。

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呆気にとられている若侍たちに、小林桂樹は、城代家老の奥方が出してくれた、とこたえ、この家の主である平田昭彦が「あ、こいつ、俺のいちばんいい服を着ている」というと、それも奥方が、といいます。

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加山雄三に「しかし、貴様、なぜ逃げなかった」ときかれると、奥方はわたしが逃げるなんてことはこれっぱかりも考えていません、そこまで信用されては逃げるわけにはいかないでしょう、と平然としたもので、また食事を再開します。

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どうも失礼しました、と自分で監禁場所の押し入れに戻る小林桂樹扮する見張りの侍。

このあたり、じつになんとも可笑しくて、愉快な気分になります。この続篇では、『用心棒』になかったユーモアを加えるというのは、当初からの考えだったようですが、それはみごとに成功し、『椿三十郎』の『用心棒』を上まわる大きな魅力になっています。そして、そのユーモアのかなりの部分は、小林桂樹という役者の力に負っています。

インタヴューで、ものを食べながらの演技のことをきかれ、小林桂樹は、ラヴ・シーンは下手だけれど、食べる演技はうまいと人からも褒められる、と笑って答えています。口に食べ物が入っていても、ちゃんとセリフがいえるのだとか。なるほど、そういうのもスキルの一種なのですねえ。考えてみれば、噺家にとっては食べる描写も重要な技芸なのだから、俳優にとっても同じなのでしょう。

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ここからが小林桂樹の本領発揮で、ポイント、ポイントで押し入れから出てきては活躍することになりますが、残りは次回ということにして、本日はこれまで。


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by songsf4s | 2010-09-23 23:56 | 映画