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木村威夫追悼 鈴木清順監督『刺青一代』その1
 
(枕の6パラグラフを削除しました。あしからず)

◆ 「ただあるだけ」のプロット ◆◆
さて、鈴木清順=木村威夫シリーズ、今回の『刺青一代』は三本目です。三本やれば追悼の形はととのうというものです。

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今回も重要なセットは二杯だけで、簡単にいきそうな気がするのですが、それは前回の『花と怒涛』も同じだったのに、五回におよんでしまったのだから、さっとやる、といっても、われながら信用できません!

ざっとプロットを書いておきます。例によって、話はあまり重要ではありません。なにを語るかよりも、どう語るかのほうにアクセントがあります。

時は昭和の初め、渡世人の高橋英樹は敵対する組の組長を殺しますが、直後に、自分の組に抹殺されそうになったところを、美学生の弟に救われます。弟も殺人者になってしまったため、高橋英樹は自首するという考えを捨て、満州に逃げることにします。

『花と怒涛』のシノプシスとまちがえているのではないか、ですって? いえ、ほぼ同じなだけです。『花と怒涛』では潮来から東京に逃げ、それから満州に渡るために新潟に行きますが、『刺青一代』では出発点が東京なので、新潟にたどり着く前の、どことも明示されぬ日本海側の港町と、その近くの鉱山が舞台になります(ロケは主として銚子でおこなわれたらしい)。

高橋英樹と弟の花ノ本寿(「はなのもと・ことぶき」と読む)はこの港町で、小松方正に満州に密航させてやると騙されて金を奪われ、働き口を求めて近くの鉱山に行きます。ここで採掘をしている組の親方が山内明、その妻が伊藤弘子、妹が和泉雅子、人足頭が高品格、という配置で、美学生である花ノ本寿は伊藤弘子に惚れて、話を面倒にします。和泉雅子のほうは高橋英樹が好きになってしまいますが、高橋のほうは自分はヤクザ者だからと相手にならず、酒場女の松尾嘉代に親しんだりします。

とりあえず、このへんまででよろしいでしょうかね。いずれにしろ、プロットはそれほど重要ではなく、この話をどのような映像で見せたかのほうに意味があります。

◆ 小さな工夫の連打 ◆◆
おかしなもので、あとからふりかえると、どうしてこの監督が日活時代にあれほど不遇だったのか理解に苦しみます。しいていえば、「すべてが」大多数の観客の了解の範囲に収まるべきプログラム・ピクチャーにおいて、その枠外のことを山ほどやったために、娯楽派、芸術派、どちらの陣営の目にも美点が見えなかった、というあたりでしょうか。セクショナリズムといっては適切ではないかもしれませんが、客というのはみずからをジャンルに閉じこめてしまうものなのでしょう。

『刺青一代』という映画は、話自体はどうということもないのですが、その映像たるや、冒頭からもう、うへえ、の連発です。

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ただ男の裸が並ぶだけでも尋常ではないのに、立っている人間を、90度キャメラを傾けて横長の画面に収めるというのは、おいおい、です。

まあ、こういう「威し」は二面的な結果を伴うので、とりあえず深入りせず、最初に見たときは驚いた、とだけ書いておきます。

話に入って最初のシークェンスは、高橋英樹が対立する組の嵯峨善兵組長を襲うところです。

川縁に傘を差して向こうむきにしゃがんでいた高橋英樹が、人力車の音に振り返って立ち上がります。高橋英樹の傘に書いてある組の名前と、人力車の提灯に書いてある組の名前がちがうため、これからなにが起こるかは、たいていの客に伝わります。

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画面左から高橋英樹の傘がフレームイン、画面右からフレームインしてきた車夫の笠が高橋英樹の傘に押されて後退する、という表現を見ただけで、なぜこの人が不遇だったのだ、と首をかしげます。

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まあ、会社の上層部が認めないのはやむをえないとして(でも、同じ時期に今村昌平には好き勝手につくることを許しているのはなぜなのだ?)、映画評論家はこういう映像表現を見ないのか、といいたくなりますが、そこで、当時の評論家の大多数は、日活のプログラム・ピクチャーなど見なかったのだということを思いだします。でも、しつこく食い下がってしまいますが、加藤泰を賞賛した人たちも、鈴木清順は見なかったのでしょうかね?

どうしてもそのへんがわかりません。プログラム・ピクチャーはすべて評価の外、というのならやむをえませんが、東映については、すでにプログラム・ピクチャーを評価する機運があったのに、日活はそうではなかったという矛盾が、あの時代には子どもだった人間には、いまだに理解できません。東映任侠映画は左翼方面に受けたから厚遇されたのではないか、なんて嫌味をいいたくなります。

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人間万事塞翁が馬、なにが災いし、なにが幸いするかわからないので、運不運のことをいっても意味はありませんが、この時期の鈴木清順の映画を多くの人が見ていれば、『殺しの烙印』と『ツィゴイネルワイゼン』のあいだにポッカリ口を開けた十年のブランクはなかっただろうと、残念でなりません。

◆ 「木村キャバレー」に比肩する「木村カフェ」 ◆◆
『刺青一代』第一のセットは、高橋英樹の弟、美術を学んでいる花ノ本寿の下宿の部屋です。襖や障子をただそこに置くということをしない木村威夫です、ここもデッサンを襖にして、画学生らしい部屋をつくっています。

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弟は留守で、高橋英樹は持参した金を下宿のおかみさんに託して、迎えに来た長弘にともなわれて人力車に乗りますが、理不尽にも、自分の組の長弘に殺されそうになり、争っているところに、帰宅途中の弟が来合わせ、兄を助けようとした弟は、長弘を殺してしまいます。

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清順映画にかぎらず、日活映画にはしばしば弟を異常なまでに可愛がる兄が登場しますが、なかでもこの『刺青一代』の高橋英樹が演じる兄ほど、弟を思う人物はないでしょう。脚本の段階では弟の比重は小さかったそうですが、できあがった映画では、彼の前後をわきまえない一途さが話を前に進める(または話をこじれさせる)エンジンの役割を果たしています。

満州へ逃げようとした兄弟は、日本海側のどこかの港町にたどり着き、密航を助けてくれるはずの人物がいるというカフェを訪れます。

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それほど凝っているわけではないし、木村威夫にしてはわりにノーマルなデザインですが、わたしはこのセットが大好きです。美術監督自身、うまくいったと自賛していましたが、やはり、そういうグッド・フィーリンの問題なのでしょう。「こういう店があったら行きたいな」と思いますものね。

映画の見方はさまざまですし、わたし自身、ひとつの見方しかしないわけではありません。しかし、子どものころから映画館へと自分を向かわせた最大の要素は「そこにいる感覚」または「そこへ行きたいという憧憬」だったのだと思います。

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高橋英樹と花ノ本寿はいったん店を出かかるが、警官と私服刑事と鉢合わせしそうになり、店に舞い戻る。刑事はバーカウンターまできて、松尾嘉世に不審者を見かけないかときく。バーカウンターが緑色にぬられているのは、もちろん、たまたまそうなったわけではなく、ふつうにやるのが嫌いな木村威夫美術監督の好み!

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警官たちが去ると、小上がり(カフェに小上がりがあるのだ!)から降りてきた小松方正が、松尾嘉世に「塩をまいておけ」というと、間髪を入れず松尾嘉世がイヤな客である小松に塩を投げつけるのがじつに楽しい!

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古い日本映画を見ているときは、とくにそれを思います。『乳母車』と鎌倉駅のことを書いたのは、そのような、映画がもたらす「あそこにいたい」という感覚のことをいいたかったからです。

まだほんの冒頭だけですが、本日はここまでとさせていただきます。つぎはなんとか、この映画でもっとも重要なセットにたどり着きたいと思っていますが、そうはいかないかもしれません!



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by songsf4s | 2010-05-04 23:58 | 映画