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木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その5

『花と怒涛』の音楽(奥村一。この作曲家にはもうすこし面白いスコアがある)はそれほど印象的ではないのですが、いちおうサンプルをあげておきます。

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「メイン・テーマ」(奥村一)および主題歌「花と怒涛」(作詞・杉野まもる、作曲・古賀政男)

スコア全体はとくにマイナーを強調しているわけではありませんが、小林旭の歌う主題歌はストレートな演歌です。なんだか、冒頭のメイン・テーマと歌とそのあとのセグメントのつながりがぎこちなく、「政治的配慮」の産物か、という気がしてきます。早い話が、歌が浮いていて、前後のスコアとの整合性が悪いのです。でも、どこかに歌を嵌めこむ必要があったのでしょう。

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『花と怒涛』より、スティル。映画とはアングルが大きく異なるため、「十二階」の位置が右に移動している。映画では薄暗がりでのシーンなので、こちらのほうが川地民夫の頓狂な扮装がよくわかる。

◆ 襖やら障子やら襖障子やら ◆◆
『花と怒涛』は、本体の話はいちおう前回でおしまいなのですが、木村威夫の日本間のデザインを中心に、少々落ち穂拾いをします。

もちろん、設定に左右されることなので、いつもそうできるわけではないでしょうが、木村威夫は障子や襖に凝るタイプの美術監督です。素直な障子のほうがすくないくらいで、たいていの場合、なにかしら工夫してあります。

まずは賭場から。小林旭は雨で仕事に出られない日に、飯場で花札をして仲間たちを裸にむしった金をもって賭場に行きますが、いい目が出ません。そこへ小林旭に岡惚れしている馬賊芸者の万龍姐さん(久保菜穂子)がやってきて、壺振りの隣、小林旭の向かいに坐って「加勢する」という場面です。

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宮部昭夫(左端)と久保菜穂子のあいだに見える窓障子にご注目。宮部昭夫の左に見える窓障子はパターンを変えてある。こういう風に同じものをつづけないのも木村威夫らしい。

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小林旭が大勝ちして去ったあとに、マント姿とは一転して渡世人風になった川地民夫が賭場に入ってくる。こういう襖と障子の合いの子はなんと呼ぶのか知らないし、料亭などの建築では一般的だったのかどうかも存ぜず。すくなくとも、わたしの目にはありふれたものには見えない。

小林旭が博打で仲間から金を巻き上げ、賭場に行ったのは、金を増やして、みんなで芸者を上げて気晴らししようというもくろみでした。別室で仲間が騒いでいるのを聞きながら、万龍姐さんに世話になった礼をするところで、それがわかります。

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料亭の一室。久保菜穂子が中庭をはさんだ向かいの部屋で騒ぐ連中に目をやる(以下二葉も同じシークェンス)。

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キャメラが引くと、凝っているのは障子ばかりではなく、この料亭のプラン自体も複雑なことがわかる。コの字型に庭を囲んでいるわけではなく、なんとも変な曲げ方をしている!

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◆ ドームに収めた(?)土間の造り ◆◆
小林旭はただの人足だったのですが、ひょんなことから「村田組」の小頭に取り立てられることになり、村田卯三郎(山内明)の家に行きます。この家がまた奇妙なのです。

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村田組の正面。こういう風に障子をずらっと四間も並べる表口というのも、あまりお目にかからないと思うのだが……。

広い土間に接した座敷の隣には、腰が海鼠壁になった土蔵のようなものがあります。いや、「ようなもの」ではなく、分厚い扉と壁が見えるショットがあるので、まさに土蔵なのでしょう。

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暗いので、ディテールが見えるように、「オーバー」気味に加工した。

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べつのシークェンス、小林旭が山内明を討つ場面で、厚い扉が見える。

そして、広い土間の一角には井戸があります。

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小頭たちに指示を伝える場面での井戸。人物は深江章喜(奥)、山内明(背中)。ここでも深江章喜の向こうに土蔵の扉。

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この井戸も、小林旭と山内明の対決で効果的に利用される。

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左手の障子に、綱を切られて釣瓶が落ちた余勢で廻りつづける滑車の影が映る。

ふつうなら家のなかにはない土蔵と井戸を、母屋ごとひとつ屋根の下に収めた、とでもいう造りなのです。こういう造りをする地方があるのでしょうか。それとも木村威夫の独創なのでしょうか。わたしには見当もつきません!

◆ さらに料亭 ◆◆
ふつうに見ていると気づかないようなところでも、木村威夫は変わった障子のデザインをやっています。小林旭が小頭に取り立てられたのを祝う宴席の、上座を狙ったショット。

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障子紙を加工したのか、ただ白いのではなく、影がついている。左から山本陽子(まだ大部屋だったのだろう。このシーンに出てくるだけで、セリフもなければクレジットもない)、久保菜穂子、小林旭、長弘(代貸)。

同じ料亭のべつの部屋。久保菜穂子にしつこく迫っている宮部昭夫。いや、そういうことではなく、襖をはじめとするデザインをご覧あれ。

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電灯の笠には葡萄の葉の模様。鈴木清順は小道具をどんどん片づけてしまうクセがあるので、木村威夫としては、片づけたくても片づけられない小道具に凝ってみた、かどうかは知らない。

これまた同じ料亭の部屋という設定なのだと思いますが、手打ちの席でのイカサマ博打をめぐるもめごとで、山内明が宮部昭夫に詫びを入れるため、市会議員・嵯峨善兵のもとに長弘代貸が訪れる場面。

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これだって、そうとう変わったデザインだと思いますよ。

◆ 最後はやっぱり居酒屋〈伊平〉 ◆◆
〈伊平〉の構造についてはすでにしつこく追求しているのですが、デザインのディテールについてはあまりふれなかったので、そういうショットを並べてみます。

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右に見える額には、ちゃんと「伊平さん江」と書かれている。映画ではそんなところまでわからないのだが、現場でなにがあってもいいように準備してある!

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この襖紙も変わっている。『悪太郎』のときと同じように、西洋壁紙を使ったのではないだろうか?


以上で正真正銘、『花と怒涛』シリーズはおしまいです。次回はすぐにつぎの木村威夫作品にいくかもしれませんし、そのまえに、音楽ものをひとつふたつやるかもしれません。

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by songsf4s | 2010-04-29 23:57 | 映画