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木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その4

『花と怒涛』、今日はクライマクスの新潟の場面を見るのですが、そのまえに『花と怒涛』の前回から持ち越している宿題、居酒屋〈伊平〉のプランについてです。

二度、まったく異なった撮り方で登場する小上がりはふたつあるのか、それとも、同じものに異なった印象を与えただけか、という問題。

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最初は久保菜穂子を小上がりに坐らせ、キャメラは裏口側から正面入口方向に向けられている。

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二度目は逆方向から捉えている。玉川伊佐男は裏通りを背にしている。

結論、小上がりはひとつだけ、裏口の脇にある、です。こんどは大丈夫!

何度も見直して、やっと確信がもてるというくらいですから、『日活アクションの華麗な世界』所載の見取り図があまり正確ではなかったのはやむをえないでしょう。映画館で見た記憶だけでは、とうていあの居酒屋の構造は把握できません。まして、通りがどうなって、十二階はどの方向にあるかなんて、図示することが土台無理なのです。

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居酒屋〈伊平〉略図。じつはこの店は入口のない十二階側の面でも道路に接していて、三面を道に囲まれているということが、略図をつくっていてやっとわかった。したがって、二階はもう一面のほうにも窓が切られている可能性がある。

ふつう、映画館では、われわれはセットを見て、一階のプランと二階のプランがどうなっていて、どう接続されるか、なんていうことは気にしないか、気にしても把握する閑もなくドラマは進んでいってしまうものです。

邸宅ではない小さな家の場合、階段の上のほうは、しばしば曲がっているか、または、階段自体は真っ直ぐでも、上りきった直後に曲がるようになっています。もちろん、階段の位置にもよるのですが、真っ直ぐな階段をそのままの動線で真っ直ぐな廊下につなげるだけの余裕がないことのほうが多いでしょう。

〈伊平〉も一階のプランと階段の位置から考えて、上ったところで左に曲がっているはずです。じっさい、このシリーズのその1で検討した、川地民夫の襲撃の際、小林旭はそういう形で左からキャメラのフレームに入って、階段を降りかかります。

しかし、階段をとらえたショットによると、まっすぐ廊下がつづいているわけではないものの、上りきったところにすこし余裕をもたせてあります。

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これをもとに二階のプランを考えていくと、大きな矛盾に逢着します。『東京流れ者』で渡哲也の視線の先に赤坂のタワーが見える(あれが東京タワーではないことは「『東京流れ者』訂正」に書いた)ように、『花と怒涛』では、障子をわずかにあけて外を見る小林旭の視線の先には、浅草十二階があります。

部屋の内部のようすをとらえたショットと、想定される二階のプランとをにらみ、このときの小林旭の位置を考えたのですが、どうも、十二階とは反対側を見ているように思えます。

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結局、小林旭が開けた襖の向こうにはもう一部屋あり、その向こう端に階段がある、と考えれば、画面向かって左側、十二階があると想定して、小林旭が視線を向けていた方向は正しいように思われる。ただし、こちら側に、明示的には説明されなかった窓があると想定しなければいけないが。

こんな馬鹿なことを考え、映像からそれなりに考察の土台を得られるのは、家庭用VCR登場以降のことで、『花と怒涛』が製作されたときには、このような映画の見方は想定されていませんでした。映画館で見ているぶんには、一階と二階の整合性を気にする人がいたとしても(たとえば渡辺武信のような建築家)、ドラマの進行も追わなければならないので、たとえ矛盾があっても、それを矛盾と感じることはなかったでしょう。

いやもう恐縮です。わたしはこういうことが気になるのですが、たいていの人にとっては、どうでもいいにちがいありません。わたしだって、最初に『花と怒涛』を見たときは、一階での芝居がすごく面白いと思っただけで、二階の窓がどの方向に向かって切られているかなんて、考えもしませんでしたよ。

◆ 映画からの離陸 ◆◆
さて、クライマクス、新潟の景です。新潟に向かう汽車内部の人物関係の描写は、非現実に半歩踏み込んでいます。現実からの飛翔準備、非現実への踏切板として、このシーンは演出されたのだと思います。

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キャメラはまず車窓越しに松原智恵子をとらえ、そのまま移動でつぎの車輌にいる川地民夫をとらえます(松原智恵子が居酒屋〈伊平〉の近くで人力車に乗ったところを、川地民夫が目撃するショットがあり、彼の追跡は観客も予想している)。その車輌のなかを玉川伊佐男の刑事が歩き、つぎの車輌に移ろうとしているところもとらえられます。

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ふつうなら、客車の外から移動で車内の様子を見せるなんてことはないわけで(ただし、『夜の大捜査線』では、ハスケル・ウェクスラーが空撮で車窓越しにシドニー・ポワティエを捉える離れ業をやってのけたが)、これはリアリズム描写ではありません。セットではないフリなんかまったくせず、これはセットだよ、「芝居の舞台なんだよ」とはっきりとわからせる撮り方です。つまり、ここで「映画的表現から演劇的表現に切り替えたよ」ということを観客に伝えているのだと感じます。

以上のショットで、新潟に行くことはいちおう視覚的に提示されます。でも、駅に着いたとか、改札を抜けたとか、駅からどういう交通手段を利用して、どこに向かったか、などという描写はいっさいありません。列車の松原智恵子のショットから、いきなり、菊治からおしげにあてた手紙の文面にあった「桟橋の時計台の下」へとつなげられます。

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ひとつには、すでに手紙の文面として「桟橋の時計台の下」で待ち合わせることを観客を提示したので、描写の重複を避けるという意味もあったのでしょう。もうひとつは、つぎのトリッキーなショットへの準備として、松原智恵子のすがたの印象が観客の脳裡から去らないうちに、さっさとつぎのカットに進みたい、だが、そのいっぽうで、あまりにもしつこく松原智恵子のすがたを見せて(たとえば松原智恵子が改札を抜ける、あるいは人力車に乗り込む)、トリックをわざとらしいものにするのも避けたかったのだと思います。

◆ すり替えトリック ◆◆
列車のショットのつぎに置かれる、このセットでの最初のショットは、雪の道を歩む女のうしろ姿です。考えてみると、髪結床から出てきた松原智恵子のうしろ姿も、まだ観客の脳裡に残っています。

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画面奥に小林旭らしい人影があらわれ、女がそちらに向かって急ごうとすると、積み上げられた雪の陰から人影が飛び出し、長剣を女に突き刺します。

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観客はここで、松原智恵子が川地民夫に殺されたと考えます。しかし、ほとんど詐欺みたいなものですが(最前の新潟行き列車の車内の描写には、松原智恵子、川地民夫、玉川伊佐男の三人しか登場しない)、これはひと目でいいから菊治に会いたいと追ってきた(明示的には説明されないが、高品格から小林旭の居所を聞き出したのだろう)久保菜穂子の万龍姐さんだったのです。

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駆け寄った小林旭が、「姐さん、なんだってこんなところに」というと、久保菜穂子は、お金を返したくて、といい、雪の上に投げ出された手提袋から飛び出した札束をキャメラはとらえます。

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ここで、小林旭が久保菜穂子を救おうとして渡した金があだになったことがわかり、われわれは、人生のままならなさ、好意はかならずしもいい結果をもたらさないアイロニーを思うことになります。

◆ ハッピーなような、そうでもないような ◆◆
いつまでも万龍姐さんの介抱をしているわけにはいかず、小林旭は川地民夫と対決します。雪に足を取られ、こけつまろびつの、ちょっと不格好な格闘をしているうちに、二人は穴に落ちます。

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ほとんど意識のない万龍姐さんのいまわの際のインサートが入り、その向こうで小林旭が短刀を片手に立ち上がって、ヒーローが戦いに勝ったことが間接的に示されます。

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小林旭が万龍姐さんを気遣って抱き起こそうとしたところへ、「あなた」と松原智恵子登場。

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そちらへ向かいかけて、不審げに立ち止まる小林旭。

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画面奥の暗がりから松原智恵子を尾行してきた玉川伊佐男がフレームイン。

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このあたり、映画ではなく、舞台の呼吸です。

ふりかえって刑事の姿を見た松原智恵子は、あわてて亭主のほうに駆け寄ろうとして、雪に足を取られて転んでしまいます。そのすぐ脇の穴から亡霊のようにあらわれた川地民夫に気づき、松原智恵子は逃げようとしますが、川地はその足に斬りつけます。

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女房が斬られて、小林旭はそちらに駆け寄りたいのですが、玉川伊佐男刑事のせいで、物陰から出られません。

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松原智恵子は玉川伊佐男にすがりつき、必死に亭主を逃がそうとします。

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「あなた、赤ちゃんが」という松原智恵子の言葉に、玉川伊佐男は驚きます。

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「子どもには、あなたのお父さんは満州にいる、といわせてください。刑務所ではなく」というセリフは、エヴァリー・ブラザーズのTake a Message to Maryを想起させます。「彼女には、俺はティンブクトゥーにでも行ったとかなんとか話しておいてくれ、でも、監獄にいることだけはいわないでくれよ」です。

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鬼刑事・玉川伊佐男も女の心情にほだされ、逮捕をあきらめて、死にかけた川地民夫に話しかけるような思い入れで、「もう尾形は船に乗った。なあ吉村、女房というのはいいものだなあ。傷が治ったら、あとを追って満州に渡るそうだ」と大声でいい、小林旭に逃亡を促すいっぽうで、松原智恵子の傷は浅く、心配はいらないことを伝えます。

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かくして新派芝居よろしく、松原智恵子を抱えて去る玉川伊佐男、安堵と、そして深い孤独のうちに立ちすくむヒーロー、エンドマーク。

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いやはや、「柝」〔き〕が入って、雪が降り出し、幕が下りる、なんて幻を見てしまいます。

◆ すぐ隣の異界 ◆◆
鈴木清順の映画にはしばしばそういうものが登場しますが、ふっと、部屋の外に出たら、そこは異界になっていた、という調子で、小林旭が恋女房に手紙で待ち合わせ場所と指定した時計台の一帯は、いきなりわれわれの前に「異界」として口を開けます。もうここは「この世」ではなく、他界、彼岸への「橋懸かり」なのです。

そのように考えないと、このセットはたんに「リアルではない美術」に見えてしまうでしょう。ここが、鈴木清順映画(および「枠の外に出る」と決意したときの木村威夫デザイン)を楽しめるか楽しめないかの分かれ目なのです。

これから取り上げる予定の映画が多くて、あまりたくさん例をあげるわけにはいきませんが、すでに見た映画では、『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉のセットも、やはり鈴木清順の映画にしばしば見られる、現実のすぐ隣にポッカリ開いた「異界の穴」でした。此岸からときおり彼岸にわたることこそ、鈴木清順映画の最大の特徴といっていいほどです(『ツィゴイネルワイゼン』は映画全体が「異界の穴」のようだったが)。

木村威夫は後年、鈴木清順映画に登場するこうしたムードのシーンを「あの世」と呼んでいるので、当時も十分に承知して、リアリズムにこだわらないデザインを心がけたのだと思います。

『俺たちの血が許さない』の、小林旭と松原智恵子がひっそりと逢い引きするレストランが、この世から切り離され、異世界にポツンと存在するかのように描かれたのに似て、この新潟の景は非リアリズムの世界、この世から一歩外に出かかった世界として描かれています。

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『俺たちの血が許さない』のレストランのセット。スティル。

以前、『赤いハンカチ』その7でふれた、警察署裏のセットと同じような意味で、『花と怒涛』の新潟の桟橋は、現実の外側に造られた異界です。『赤いハンカチ』のクライマクス同様、『花と怒涛』のこのセットも、わたしの心を画面に引き込み、きわめて強い印象を残すものでした。はじめて見たときも、いまも、『花と怒涛』は鈴木清順の代表作だと思っています。

これで終わりのような気もするのですが、スクリーン・キャプチャーをとっているうちに、どのセットの建具にもなにかしら見るところがあるのに気づいたので、次回、ストーリーラインからは離れて、「木村威夫の日本間」のことを書こうと思っています。



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by songsf4s | 2010-04-28 23:56