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木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その3

邦画にかぎるのですが、わたしは脇役の俳優が気になります。ところが、俳優辞典のたぐいをもっていないので、名前がわからないことがよくあります。たとえば、渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』に、だれそれが演じるなになにの役、などと書いてあるのを手がかりにして、すこしずつ空白を埋めていくといった、気の長い作業をやっています。

『ゴジラ』シリーズなども、いまでは俳優のアンサンブルを楽しむ映画に感じますが、日活アクションは、なんといってもギャングの顔ぶれが楽しみです。『花と怒涛』では飯場の土方衆が多く、悪役の一部は善玉に吸収されています。その代表が野呂圭介と柳瀬志朗。

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野呂圭介

深江章喜はいつものように悪役として登場するのですが、途中で小林旭と意気投合して善玉に転換するというめずらしい役をやっています。裕次郎=ルリ子のムード・アクションの代表作『二人の世界』で深江章喜が演じた、「お嬢さん」を守ることに命をかける一本気なヤクザほどの儲け役ではありませんが、陰鬱なギャングの役が多いこの俳優としては、『花と怒涛』の小頭は好ましい役のひとつでしょう。まあ、極悪の深江章喜があってこそ、稀な善玉役が面白く感じられるのですが。

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深江章喜

榎木兵衛も、ギャングのなかにいるとうれしくなる俳優です。山下公園のベンチに坐って、むやみにピーナツを食べる情報屋を榎木兵衛が演じたのは、どの映画でしたっけ? あれがこの異相の俳優のもっとも目立つ役だったかもしれません。

こんなことを書いていると、また終わらなくなるので、そろそろ切り上げます。日活脇役陣のことを詳細に教えてくれるサイトは見あたらず、そのうち、脇役にスポットを当てた記事でも書こうとかと思います。

◆ 浅草十二階下 ◆◆
前回は、小林旭が車夫に化けて警官たちの目をごまかしたはよかったけれど、ホンモノとまちがわれて、川地民夫を乗せるハメになったところまで書きました。この脇筋はプロットに有機的に組み込まれているわけではなく、ささやかなコミック・リリーフにすぎません。

ここで気になったのは、川地民夫が小林旭に行き先を「浅草の十二階下」と命じることです。居酒屋〈伊平〉があるのは「十二階下」ではないのですが、どうも、あそこに行くつもりで「十二階下」といっているように思われます。さらにいうと、木村威夫も「あの十二階下の飲み屋」といっています。

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はて? かつての十二階下(現在の〈ひさご通り〉の裏側あたり)は、いわゆる「銘酒屋」などが櫛比する売笑窟だったそうです(昭和4年発行の今和次郎編『新版大東京案内』によると、関東大震災以後、十二階下の娼婦はすっかりいなくなってしまったという)。たしかに、〈伊平〉の向かいの店は娼家という設定で、客が引きずり込まれるシーンがありますし、あろうことか、川地民夫が娼婦に引っ張り込まれて、押し倒されてしまうショットまで出てきます。

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十二階下の通りからは、十二階そのものの全景が見えるはずがありません。基部が見えるだけでしょう。しかし、川地民夫のセリフと木村威夫の言葉から、少なくとも監督や美術監督の「つもり」としては、あの通りのセットは十二階下にあるという設定なのかもしれません。

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「気分」としては、鈴木清順=木村威夫が十二階下にこだわるのはよく理解できます。わたしも、高校のとき、用もないのに、たんなる好奇心から、まだ明るいうちに横浜黄金町のガード下(黒澤明『天国と地獄』のおどろおどろしい描写をご覧あれ!)に入りこみ、バーに引っ張り込まれそうになってあわてた経験のある人間ですからね。かつてのあのへんのバーは「銘酒屋」といっしょで、たんに酒を飲む場所ではないのだから、高校生なんか相手にしちゃいかんのですが、そんなことはおかまいなしなんだから、面白い場所でした、いえ、怖ろしい場所でした。

◆ 雑踏の迷彩 ◆◆
小林旭は松原智恵子に手紙で満州行きの手順を知らせます。

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「おしげちゃん、荷物は上野ステーションにあずけてきたからね、七時には出るんだよ」

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小林旭の手紙を読んで幸せそうな笑みを浮かべる松原智恵子。

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しかし、つぎの瞬間、松原智恵子は隣の部屋に入り、その笑顔は暗闇でとらえられる。こういうことを無意識にやる映画監督というのはいない。意図的に暗闇に入らせたのだ。

新潟で会う手はずだったのですが、心配になった小林旭は浅草に出向きます。祭の最中という設定なのでしょう、通りには人があふれ、面を頭にのせた遊興の客もすくなくありません。小林旭はこれを利用して、面で顔を隠したりしながら、伊平に接触します。

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居酒屋〈伊平〉の外で様子をうかがう小林旭。なかには玉川伊佐男がいて、こちらも外の様子が気になり、障子を開けたりする。

伊平の店には玉川伊佐男刑事が来ていて、その目をかいくぐる様子を鈴木清順は手際よく描写します。

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小上がりの松原智恵子と玉川伊佐男、そして、それを裏口からうかがう小林旭。この小上がりは裏口の脇にある。二つあるのか、それとも正面入口の脇にある小上がりというのは、わたしの誤解だったのか、それは次回に検討。

この刑事から女房を引き離さなければどうにもならないというので、小林旭は、髪結の予約を利用することにし、そこで松原智恵子に会います。

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「こっちを見るんじゃねえ」髪結床での鏡台越しの対面。

しかし、髪結床も刑事たちの監視下にあり、それをどう切り抜けるのか?

これよりずっと以前のシーンで、玉川伊佐男は、松原智恵子に「おしげちゃん、丸髷に結ってみちゃどうだ?」といいます。古典的な髪型を好む頑固な男の表現か、と思ったのですが、そういう意図もあったにせよ、もうひとつべつの意図がこのセリフにはあったようです。

松原智恵子が髪結床に入っていくと、玉川伊佐男が刑事たちに「あの女だ」、ちゃんと見張っていろと指示します。部下は「いいもんですなあ、ハイカラ髪というのも」と、松原智恵子の髪型に注意を払います。

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「あの女だ」「ほう、ハイカラ髪というのもいいもんですな」と刑事たちは話すが……。

さて、キャメラはまずハイカラ髪にした女が髪結床を出て、左に曲がるところ、および、それを刑事が確認して見送るところをとらえます。

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刑事がそちらに気を奪われかけたとき、もうひとり、丸髷の女が逆方向、〈伊平〉や〈凌雲閣〉があるほうへと出て行きます。刑事はこの女に気づきますが、髪型が丸髷なので、安心します。

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もうおわかりでしょう。髪型を変えて刑事たちの目を眩ましたのです。玉川伊佐男刑事は部下の失態に怒りますが、なあに、自分だって居酒屋〈伊平〉の入口の前で松原智恵子にすれちがいながら気づかなかったのです。

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女のうしろすがたを追うキャメラは、〈伊平〉の前まできて、店から出てきた玉川伊佐男をとらえる。

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玉川伊佐男はなにも気づかず、髪結床のほうに向かう。

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もう大丈夫、と松原智恵子がふりかえる。

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俥をとめ、「上野ステーション」と命じる。

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車夫が俥をまわし、上野ステーションに向かうと……。

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その陰からマント姿の川地民夫が姿をあらわす。

ここへきて、ずっとまえに登場した玉川伊佐男のセリフが生きます。「おしげちゃん、丸髷に結ってみちゃあどうだ?」おしげはそのとおりにして、まんまと玉川伊佐男を陥れたのでした。

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かくして舞台は新潟へと移り、クライマクスとなりますが、時間がなくなってしまったので、本日はここまで、もう一回、『花と怒涛』をつづけさせていただきます。

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by songsf4s | 2010-04-24 22:25 | 映画