木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その1

枕を書くべきか、省略すべきか。アルバート・ハモンドのIt Never Rains in Southern Californiaでドラム・ストゥールに坐ったのはハル・ブレインか、ジム・ゴードンかという、一昨年から悩まされている問題を再考したのですが、これは書きはじめると長くなりそうなので、今日はやめておきます。近々、改めて記事にするかもしれませんし、放擲してしまうかもしれません。

◆ 浅草十二階 ◆◆
今日から鈴木清順監督、木村威夫美術監督の日活映画『花と怒涛』に入ります。いまの心づもりにすぎませんが、映画の内容にはあまり踏み込まず、印象的な二つのセットの話を中心に、みじっかく(と玉置宏がよくラジオ名人寄席でいっていた)やろうと思っています。

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『花と怒涛』は鈴木清順の日活後期(1964年)の作品で、木村威夫は美術のみならず、シナリオにも加わっています。美術監督はシナリオが読めなければ仕事にならないので、書く方にまわっても不思議はないのですが、でも、じっさいには、シナリオを共同執筆した美術監督というのはめずらしいでしょう。後年、自身がフィーチャー・フィルムを監督するようになる人にふさわしいことに感じます。

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『花と怒涛』は大正の震災以前の時期を背景にした、渡世人のラヴ・ストーリーです、と書いてから、なんだか「渡世人」と「ラヴ・ストーリー」が衝突気味だな、と思いましたが、でも、一言でいうならそういう話です。

渡世人の尾形菊治(小林旭)は、許嫁のしげ(松原智恵子)を、自分の親分が借金のかたに無理矢理女房にしようとしたため、嫁入り行列に乱入して、おしげを救いだして東京に逃げます。

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ここまでが導入部。おしげは、元博打打ちの伊平(高品格)の居酒屋で働き、菊治は土方をして世を忍んでいますが、そこへおしげを奪われた親分が送った刺客(川地民夫)がやってきます。

まず、最初に出てくる浅草の飲屋街とその裏手のセットをご覧いただきましょう。

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「浅草」の文字の向こうに〈凌雲閣〉、いわゆる「浅草十二階」が見えます。〈凌雲閣〉は1923(大正12)年の関東大震災で崩壊しているので、この映画はそれ以前に時代を設定していることがわかります。

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つぎのショットでは、川地民夫はこの中通りの裏手、ほの暗い水辺へと降りていきます。ここでも遠くに〈凌雲閣〉が見えます。手前に水が見えますが、現実に照らし合わせれば、ひょうたん池か隅田川のどちらかということになります。しかし、あとでわかりますが、このあたりは川向こうという設定ではないので、ひょうたん池しか考えられません。

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ひょうたん池を手前に配して〈凌雲閣〉を撮った写真というのはたくさん残っていますが(「明治大正プロジェクト」にいい写真が数点あり)、そうしたものと比較すると、このセットの〈凌雲閣〉はちょっと遠すぎるように感じます。

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必要ならば、襖の大きさを不揃いにしてしまう大胆不敵な美術監督ですから、現実のパースを度外視したのでしょう。現実に即した比率にしてしまうと、デザイン的に不都合だったのだろうと想像します。

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川地民夫は、人相見の屋台に「尾形、尾形菊治」と声をかけるや、仕込み杖を幕に突き刺します。このマントにつば広の帽子という川地民夫の扮装が楽しくて、ニヤニヤ笑ってしまいます。鈴木清順監督、木村威夫美術監督、どちらの発案なのでしょうか。もちろん、いくら木村威夫が「これでいこう」といっても、監督の承認なしにはできないので、二人が合意したにちがいありません。こういう極端なことを怖れないのが、鈴木清順=木村威夫コンビの仕事が、いまになって光彩を放っている所以です。

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昭和10年ごろの浅草公園第六区興行街略図。北は上ではなく、左になっていることにご注意。すでに十二階はないが、左端にその位置を示した(赤く囲った昭和座という劇場)。居酒屋〈伊平〉の位置は中央付近の黄色く囲った三角地帯あたりが想定されているのではないだろうか。とくにピンク色の通りの可能性が高いと感じる。川地民夫が人相見のところで小林旭を襲撃する場面は、図中の「A」または「B」の位置を想定していると思われる。

川地民夫もこの扮装にふさわしい身のこなしで、反りのない直刀を西洋の剣のように扱う、江戸時代とはハッキリと異なる「ハイカラな刺客」を好演しています。『東京流れ者』の殺し屋もなかなか楽しい演技ですが、こちらはさらに乗っていて、こういう稚気ある美術と演出を歓迎するタイプの役者なのだろうと思います。嫌がる人だっていますよ、こんな「仮面をとった怪傑ゾロ」(渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』)みたいな衣裳は! 単なる好みでものをいうにすぎませんが、この映画は川地民夫のベスト3に入れます。

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同じく浅草公園第六区の地図だが、こちらは現代。こんどは上が北なのでご注意。上の赤い「1」が凌雲閣跡地、水色の「2」がひょうたん池跡地、そして、その下の「3」が、居酒屋〈伊平〉の位置と考えられる一郭。

◆ 居酒屋のねじれた構造 ◆◆
上述の〈凌雲閣〉=浅草十二階が見える中通りと、そこにある高品格の居酒屋〈伊平〉が、この『花と怒涛』でもっとも活躍するセットであり、居酒屋のデザインは、セットが先か、演出プランが先か、というぐらいにセット・デザインと演出が一体化した場面の舞台となります。

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居酒屋〈伊平〉入口

その場面にいくまえに、登場人物のおさらいをしておきます。渡世人・小林旭は、親分の嫁・松原智恵子を奪って東京に逃げました。アキラは土方になって埋立工事の飯場に身を寄せ、松原智恵子は(おそらくアキラの古くからの知り合いである)高品格の居酒屋〈伊平〉で働いています。そして、ときおりアキラがこの居酒屋の二階にやってきて、つかのまの逢瀬を楽しんでいます。

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〈伊平〉店内の玉川伊佐男と松原智恵子

この店に玉川伊佐男扮する刑事が入りびたっていて、松原智恵子にちょっかいを出したりするいっぽう、この界隈をうろつく川地民夫に、「おまえが戻ったとあっては、俺も忙しくなるな。なにかしでかしたら、こんどこそ俺がふん捕まえてやるからな」と威しをかけたりもします。

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玉川伊佐男(左)と高品格

以上の五人が、伊平の居酒屋で舞台劇のような芝居を演じる場面が、『花と怒涛』のハイライトのひとつです。いや、いま、スクリーン・キャプチャーと見取り図をにらんで、どうやってこの構造を説明しようかと考えていたのですが、これは困難を極めますなあ。おおよその構造がわからないと、演出もわからないので、まず、構造からいきます。

本業は建築家である渡辺武信も、このセットとここでの芝居におおいなる感興を覚えたようで、『日活アクションの華麗な世界』に、居酒屋〈伊平〉の略図を掲載しています。

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これは記憶をもとにして起こした図でしょうから、多少、勘違いがあるように思います。繰り返しヴィデオを見て、じっさいにはこうではないかと思われた部分を色つきの線と小さい文字で書き加えてみました。

修正点は、まず、調理場と席のあいだに斜めの仕切りがあることです(図中の青い線)。

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小林旭が〈伊平〉の裏口から店内をのぞく。調理場と席の仕切りが斜めになっていて、その向こうに正面入口が見える。

木村威夫らしい、ひとひねりです。しかも、見透かしではなく、竹かなにかの格子になっているところがミソで、監督と撮影監督は、当然、この構造を利用したショットを撮りたがるでしょう。

『日活アクションの華麗な世界』所載見取り図では、角店と仮定し、正面入口と裏口を直角に配置しています。しかし、その位置にも入口はあるのかもしれませんが、正面入口は裏口の対面にあります(図中のピンクの線)。

それから、小上がりがあるのですが、これは調理場に接していると思われます(図中の黄緑色の線)。ただし、明確にはわからないのですが、じっさいには、図のもっと上のほうに位置しているのかもしれません。そのほうが正面入口の位置と大きさ(二間間口?)にふさわしいようにも思えます。

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小上がりでの芝居。左から松原智恵子、久保菜穂子、玉川伊佐男。

◆ いよいよ芝居へ ◆◆
いやはや、煩雑で相済みません。この映画をご覧になった方はご興味おありかもしれませんが、ご覧になっていない方は状況がうまく把握できないでしょうし、これから書こうとしているシーンの面白みはおわかりにならないだろうと、ちょっと弱気になってしまいました。しかし、鈴木清順と木村威夫のコンビらしい、セットと演出が一体になったシーンなので、このままつづけさせていただきます。

ある夜、もう客もいなくなり、店を閉めようというころに、川地民夫がやってきて、看板です、という高品格の言葉を無視して、席に着き、酒を注文してから、「オヤジ、煙草を買ってきてくれ、〈エアシップ〉だ」と、金を渡して高品格を追い出してしまいます。

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ここで裏口の脇、階段の下におかれた男物の雪駄の短いショットと、川地民夫の顔のショットが挿入され、川地が二階に小林旭がいると察知したことが表現されます。このへん、つなぎが速くてサスペンスが醸成されます。

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高品格が店を出て行き、松原智恵子が銚子を運んでいくと、川地民夫は依頼主の親分から渡された、松原智恵子の写真を卓子に投げ出します。

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「潮来のおしげさんだね」立ち上がった川地民夫は、そういって仕込み杖を抜きます。

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「ちがいます」と後じさる松原智恵子、二階で火鉢の炭を整える小林旭、その背後の障子をやぶって飛び込んできた石、その音をきき、外と二階の気配をうかがう川地民夫、ショットはめまぐるしく変化します。小林旭が二階の障子を開けて下を見ると、石を投げた高品格が無言で、店のほうでまずいことがある、と知らせます。

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急いで階段を下りかかり、しかし用心深く立ち止まる小林旭、降りてきたところをひと息にと下で待ち受ける川地民夫、夫に危急を知らせる松原智恵子。

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「あなた!」と叫ぶや、松原智恵子は身を翻して、正面入口から逃げようとし、かくてはならじと、川地民夫は小林旭をひとまずほうって、松原智恵子を追って店内を横切ります。

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しかし、ちょうど店に入ろうとしていた玉川伊佐男が、飛び出してきた松原智恵子を抱きとめます。

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やむをえず、川地民夫は計画を放棄し、反対側の裏口へと向かいます。

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再び、階段の小林旭と川地民夫の「見えざる対峙」。

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そこへ裏口の戸が開き、高品格が入ってきて、「お待たせしました」と、煙草と釣り銭をわたし、ここまで高まってきたサスペンスを一気に溶解させます。

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キャメラの動き、編集のリズム、俳優の演技、すべてが噛み合ってこういうシーンの面白みが生まれるので、静止画を並べてもあまり意味がないかもしれません。しかし、1972年の池袋文芸座地下における鈴木清順シネマテークで、はじめて『花と怒涛』を見たとき、どこに魅力を感じたかといえば、なによりもこのセットの使い方です。そのときは、ただ息を呑んで見ていただけですが、今回、ショット単位で分析してみて、やはり、たいしたものだなあ、と思いました。

このセットではまだ芝居があるので、次回は(今回よりは簡単に)そのことと、できれば、エンディング・シークェンスのセットを検討したいと思います。いや、そのまえに、サイド・ストーリーを見ることになるかもしれませんが。


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by songsf4s | 2010-04-22 22:22 | 映画