かつては野球小僧だったのですが、年々興味が薄れて、最近はすこし力を入れて見るのは開幕直後の数試合と、ポスト・シーズンの数試合ぐらいです。もちろん、そうなった理由は単純ではなく、複数の要因がからんでいるのですが、ひとつはFAのような気がします。
選手の権利なので、FAを否定する気はありません。ただ、結果として、生え抜き選手によるチーム作りの楽しみが奪われるのは事実です。とくに、わたしが贔屓にするジャイアンツの場合は、ご存知のようにそれが甚だしいのです。
しかし、蓋を開けてみると、今年はすこしだけちがった気分で楽しむことができ、各球団一回りしたいまも、球場に行ったり、テレビ観戦をしたりはしないものの(PCに向かいながらラジオ中継を聴くことはある)、依然として試合結果を気にするほど興味がつづいています。
今年の序盤の興味は、まず第一に、坂本、松本の若い一、二番コンビが昨年のように活躍できるか、でした。ひょっとしたら、どちらかが脱落するのではないかと危惧していましたが、二人とも大活躍、とくに松本選手は盗塁数も大きく増え、楽しみを倍増させてくれています。こういうファームから上がってきた選手が大活躍することが、なによりも野球の楽しみだと思います。松本選手の場合は、山口投手と並んで、育成選手制度が機能した生ける証拠でもあるので、うれしさもひとしおです。
ルーキーの長野〔ちょうの〕選手も楽しみでした。いまのところ、活躍もあり、失敗もありで、ルーキーらしくて、こちらも楽しませてもらっています。甲子園で、単打で出塁、二盗を決め、直後に阿部選手のライト前ヒットで本塁生還、というシーンは(ラジオで聴いただけだが)強く印象に残りました。ホームランもけっこうですが、こういう攻めはじつに気持のいいものです。長野選手はいずれ、3割30本30盗塁を達成するかもしれません。
そして、高橋由伸選手が還ってきたことも、今シーズンを楽しみのあるものにしています。かつてのスウィングはまだ見られないものの、もう一花咲かせてくれるものと信じています。いえ、日ハム時代から小笠原選手は大の贔屓だったし、もちろん、アレックス・ラミレス選手もすごいものだと思うのですが、でも生え抜きの主軸はまた格別なのです。
これで、優勝チームがそのまま日本シリーズに進む昔の形に戻り、屋根なし、土のグラウンド、開幕と日本シリーズがデイゲームに戻れば、また野球に熱狂できるような気がするのですが、まあ、昔を今になすよしもがな、ですな。優勝しなかったチームが日本シリーズに出るのでは、145試合のシーズンなんかまったくの無意味、そんなものを見るのは阿呆だけということに、どうしてプロ野球機構は気づかないのでしょうか。奇怪千万。
◆ 竹久夢二と花柄襖と「定斎屋」 ◆◆
さて、ずいぶんと間があいてしまいましたが、今日は鈴木清順監督、木村威夫美術監督の『悪太郎』の話に戻ります。できれば最後までいきたいのですが、たぶん無理でしょう。
もうお忘れでしょうが、『悪太郎』の前回では、芦田伸介の家のデザイン(「葭戸」をお忘れなく)と、和泉雅子、田代みどりの衣裳の大正趣味にふれました。
衣裳ではなく、建具に大正趣味が濃厚にあらわれたのは、田代みどりの家である、旅館・海士〔あま〕屋のセット・デザインです。
二度、長い芝居の舞台に使われる海士屋の二階は、商売用の部屋なのか、それとも田代みどりの部屋なのか、そのあたりは不明ですが(火鉢しかないのでたぶん前者。ただし、鈴木清順は飾りつけをみなどけてしまうことで有名なので、美術監督が配置した小道具をみんな消してしまった可能性もゼロではない)、木村威夫にしてはおとなしめのデザインばかりのこの映画のなかで、唯一、大胆な絵柄になっています。
わたしがしゃしゃり出るまでもなく、美術監督自身がこの部屋のデザインについて説明しているので、それをご覧いただきましょう。
「(木村)その襖柄をちょいと考えたというわけです。竹久夢二描く女人の立ち姿、その屏風に合わせたんです。こんな襖柄ないですよ。西洋壁紙使ったんだ。この男女に代表される世界。大正ラブロマンスを表現してみようかなと思ってね」
「(聞き手)花柄ではないんですね」
「(木村)花柄のようなもんだね。西洋壁紙を使うんだって、この時の僕にとっちゃ冒険ですよ。うまくいくかなって不安な気持ちでやった記憶がある。ライティングもなかなかいいんですよ。建具による奥行きの感じもまずまずじゃないかな」
というわけで、またしても、ありゃあ、そういう仕掛けですか、でした。大正らしいモダンな柄の襖だなあ、とは思ったんですよ。でも、西洋壁紙とは思いませんでした。トミー・テデスコがサウンドトラックの録音についていっていました。「結果がすべてである、方法はどうでもいい」とね。結果として「大正らしいモダンなデザイン」に見えれば、なにを使おうとかまわないのです。
べつの箇所で、木村威夫はさらにこのセットに言及しています。
「定斎屋」というのは、百科事典に「夏に江戸の街を売り歩く薬の行商人。是斎屋(ぜさいや)ともいい、江戸では「じょさいや」という。この薬を飲むと夏負けをしないという。たんすの引き出し箱に入った薬を天秤棒で担ぎ、それが揺れるたびにたんすの鐶が揺れて音を発するので定斎屋がきたことがわかる。売り子たちは猛暑でも笠も手拭もかぶらない。この薬は、堺の薬問屋村田定斎が、明の薬法から考案した煎じ薬で、江戸では夏の風物詩であった」とあります。
この定斎屋の鐶の音を、鈴木清順はクレッシェンドで使い、恋人たちの心の高まりに重ね合わせています。しかし、これがストレートな盛夏の表現でもあることなど、いまとなっては説明されないとわからないわけで、ちょっと情けなくも感じます。
花柄襖も目を惹きますが、夢二の二つ折りの屏風も目立ちます。大胆です。定斎屋の音を背景に、山内賢は和泉雅子を押し倒し、一儀におよばんとしますが、心の高まりにもかかわらず、和泉雅子はかろうじてそれをかわし、「京都で」といって、この派手な屏風の前に立ちます。その京都の一夜への転換もなかなかよろしいのですが、今夜は時間がなくなってしまいました。
ということで、さらに『悪太郎』はつづきます。
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