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佐藤勝・武満徹『狂った果実』および寺部頼幸「想い出」補足 その2
 
読売新聞をとっていらっしゃる方は、今日5日の夕刊をご覧になってみてください。

芸能欄に矢野誠一「落語のはなし 人と落語家編」の第一席「安藤鶴夫と三代目桂三木助」というエッセイが掲載されています。一読、納得でした。安藤鶴夫という人物を、まったくの外側からでもなく、内側からでもなく、外と内を隔てる皮膜に沿って描いたような、みごとな人物素描になっています。

今日は時間がないので内容には踏み込みませんが、反故にするまえに、お持ちの方はご一読あれ。

◆ スコアのモデュール化 ◆◆
さて、前回に引きつづき、今回もさらに『狂った果実』の補足です。

今日は(というか「今日も」)Oさんに全面的に負った補足です。Oさんご提供の資料ばかり。

まず、武満徹インタヴューの一部をどうぞ。

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いやはや、変な質問ではじまりますなあ。このインタヴュワー、プログラム・ピクチャーとはどういうものか、まったくご存知ないのでしょう。黒澤映画じゃないんだから、監督と音楽監督が火花を散らして徹夜で議論、なんてもんじゃござんせん。短時間で打ち合わせをすませ、あとはそれぞれの仕事に精を出して(佐藤勝はしきりに「夜なべ」といっている)、封切り日にギリギリで間に合わせるのです。

昔はこういうトンチキな映画ジャーナリストが山ほどいて、インタヴューウィーと読者の双方をおおいに悩ませたものです。鈴木清順なんか、文字で読んでも、額に青筋を立てているのが見えてきそうなほど、苛立ちを見せているインタヴューが『けんかえれじい』に収録されています。製作意図だのなんだのというのは、大監督の芸術映画にのみ付属する贅沢品です。

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武満徹は肩のひと揺すりで愚質問を振り落とし、現場のすがたをありのままに伝える談話をしています。いやはや、こうなるともう、「音楽監督の想像力と運だけで映像と音のマッチングの成否が決まる」としかいえません。ラッシュも見ないでよくやりますよ。

ジョン・カーペンターは、初期はフィルムを見ずに音楽を録音したといっていますが、彼は自分自身が監督なのだから、もちろん撮影の現場にもいたし、当然ラッシュも見ていたわけで、たんに画面に合わせてプレイできなかったにすぎません。とはいえ、結局のところ、「音楽素材のモデュール化」という一点で、『Holloween』のときのジョン・カーペンターと、『狂った果実』のときの武満徹(および佐藤勝)は同じ仕事の仕方をした、といえるかもしれません。

つまり、たとえば、「スピード感のあるシーン」「恐怖を暗示するシーン」「軽やかな気分のシーン」「ラヴ・シーン」などというように、現実の映像ではなく、シーンを類型化、分類して、現実の絵ではなく「概念に合わせて」スコアを書いていく、ということです。コンピューター・プログラミングでいう「汎用サブルーティン」(モデュール)と同じように、汎用性のあるパッケージ化された音をつくるということです。

このやり方では、画面とのマッチングはギャンブルになってしまいますが、長い年月がたって、スコアだけを単独で聴いたとき、それはそれで独立完結した音楽に感じられるという、思わぬ副産物が、この「スコアのモデュール化」にはあると思います。

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ものをいう土台となるほど十分な例を知らないのですが、日活にかぎらず、プログラム・ピクチャーでは、ラッシュを見られないのはごく当たり前のことだったと思われます。あいだに人をはさんだ伝聞ですが、『暁の追跡』の飯田信夫音楽監督は、「黒澤映画の音楽がいいというが、そんなのは当たり前だ、ラッシュを見て書けるんだから。こっちはラッシュなんか見もせずに書かされているんだぞ」とボヤいていたそうです。これが、巨匠ではない人の映画を担当する音楽監督の、ごくふつうの日常だったのだろうと想像します。

だから、いま、日本の映画音楽が注目されはじめているのは、案外、この劣悪な環境、条件のおかげではないかという気がするのです。映画から切り離されても面白いスコア、ただ盤で聴いても楽しめる音楽になっているからではないかと思い、それを「スコアのモデュール化」と呼んでみたわけです。

◆ 「想い出」は尽きず ◆◆
わが田に水を引くのに忙しくて、武満徹の談話で気になったことを書き忘れました。あのラスト・シーン、ヨットの空撮は中平康監督ではなく、蔵原惟善助監督だったのか、と思ったのですが、それはかならずしも正確ではないようです。中平康は地上(海上?)で撮影の指揮をとったのであって、ヘリに乗ったのは蔵原惟善だという意味にすぎず、中平康が現場に行かなかったという意味ではないとこのページはいっています。それはそうでしょうね。だいじなシーンに監督が立ち会わないというのは、通常ならありえないでしょうから。

さて、本日の本題、前回、「想い出」は、わが家には映画から切り出したものしかないと書いたところ、さっそくご喜捨があったので、アップしました。

サンプル 石原裕次郎「想い出」

映画用に録音されたものではなく、あとからスタジオで盤にするために録音されたものなのでしょう。アレンジはかなり異なります。映画ではシテュエーションに合わせてウクレレ一本で歌っていましたが、こちらはバンドがついています。

映画ヴァージョンは、わざとやったのか、ウクレレのチューニングが狂っているのですが、盤ヴァージョンを聴くと、それがかえっていい効果を生んでいたことがはっきり理解できます。映画のなかの設定である、素人がパーティーで歌っている雰囲気が、映画ヴァージョンにはきちんとあるのです。盤ヴァージョンは映画とはちがってスリックな仕上がりで、きれいにつくってあるぶん、ざらついた味は当然ありません。状況のしからしむる当然の結果が双方のヴァージョンにあらわれていて、なかなか面白い聴きくらべでした。


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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


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by songsf4s | 2010-04-05 23:09 | 映画・TV音楽