ほんのすこし違うビートルズ――ビートルズUSBボックスのA Hard Day's Night試聴

もうひとつのブログ、黄金光音堂のほうで「エルヴィス映画読み直し」というシリーズに取りかかった関係で、当家のつぎの映画と併せて、いっぺんに二本の映画のサウンドトラックを切り出し、トラックに切り分けるという作業をしているため、今日あたりにははじまっているはずだった、つぎの日活映画にはまだたどり着けません。明日か明後日か、そのあたりでスタートします。

◆ ダーカー・サイド ◆◆
埋め草に音楽や動画関係のソフトウェアのことでも書こうかと思ったのですが、ちょうどいいタイミングで、友人が、まあちょっとためしに聴いてみろや、とビートルズのFlacを数トラック聴かせてくれました。

f0147840_22171740.jpgわたしは知らなかったのですが、ビートルズUSBボックスなるものがリリースされて、それを買ってきたのだそうです。こんどは違うように思うのだが、というわけです。ムッフッフ、どうでしょうかな。

まず確認しておきたいのは、昨年、「いつものビートルズ」という記事で、わたしはあのリマスターの「音質をけなした」わけではない、ということです。たんに、いいマスタリングのLPのほうが、わたしには好ましいということと、あれは金をだぶつかせている老耄リアルタイム・ビートルズ・ファンの懐を狙った振り込め詐欺のようなものである、といったまでです。

なによりも腹を立てているのは、同じものを何度も何度もパッケージングを替え、金が余っている中高年層をターゲットにして詐欺同然の商売をしている音楽業界の体質です。盤の音質については、わるくはないが、買い換え、ダブり買いを正当化するような音ではない、といったにすぎません。

で、とにかく、Flacで圧縮され、USBメモリーで配布されたA Hard Day's Nightの13曲を聴いてみました。できるだけ冷静に、客観を心がけていいますが、今回のFlacによるA Hard Day's Nightは、A面については「うーん、ビットレートを上げてももはや収穫逓減か」です。注意深く聴かないと、どこがちがうのかわかりません。

ところが、B面は微妙なんです。なぜですかねえ。プライオリティーがはるかに高いA面は、わたしのような気むずかしいファンを怖れて、できるだけLPに近づけたのでしょうか。

B面のくだらない曲はいままでとはかなり違います。Things We Said Today、When I Get Home、You Can't Do Thatのあたりです。違う=すぐれている、とはかならずしもいえず、お好みでしょう。お若い方にはこういうバランシングのほうが好ましいかもしれません。わたしはといえば、うーん、慣れの問題かなあ、というあたりで保留です。

ポール自身はおおいに不満をもっていたそうですが、初期のカール・ヘフナーの軽い音(とそのマスタリング)を、わたしは好ましく思っています。ビートルズというのは、極論するならジョン&ポールのデュオですから、なにを聴くかといえば、二人のハーモニーです。そこに重いベースが入ってくるのは邪魔くさいのです(当時は針飛びを怖れてベースのレベルを抑えたのだから、その気になれば、重くできることになる)。Revolver以降のビートルズをあまり好まないのはそのせいでもあります。

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そういう好みからいうと、このA Hard Day's NightのB面のベースは微妙に重くなっているものがあって、やや気になります。A面はそういうことはないのですがねえ。まあ、バランシングなんてのは好みの問題でして、どっちがいいというわけではありません。お好みである、と逃げておきます。

また、友人はヴォーカルの聞こえ方が違うといっています。そうかもしれませんが、そう思えばそう聞こえる、ぐらいの微妙な感触です。

全体に分離はよく、ステレオ定位も改善されているように思いますが、わたしは、ロック・コンボのステレオ定位にはそれほどこだわりません。オーケストラ、ビッグ・バンドの場合は、ステレオ定位は死命を制することがありますが。

◆ ブライター・サイド ◆◆
このUSBボックスなるものは三万円を超える価格です。最初は高いように思ったのですが、ボックス・セットとしては妥当な価格でしょう。大きいのも小さいのも、円盤がないのはちょっと情けないかもしれませんがね。

すくなくとも、ロッシー圧縮のファイルを配信で買うよりはずっとマシです。MP3の配信なんかに金を払うのはどうかしていますが、Flacなら価値があります。ディジタル媒体にかぎるなら、このボックスのトラックは過去最高の品質だと考えます。

1981年、はじめてPCを買ったとき、将来、ディジタル技術がもたらす革命を夢想しました。なによりも字を書くのが大嫌いだったので、日本語をタイプできる未来が早く来ないかと一日千秋の思いでしたが、これはあっさり実現しました。タイプできれば、ダシール・ハメットのスタイルで書けると思っていたのだから、よくいっても夢想家、悪くいえばたんなる阿呆です。

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音楽のディジタル化に関しては無数のアイディアが頭に充満していました。アラン・ケイはオルガンとギターを弾くため、1970年代前半に「パーソナル・コンピューター」を構想したその瞬間に、PCに音楽を組み込んで考えていたし、われわれユーザーもまた、その伝統のなかで生きていたのです。

さまざまなアイディアがありましたが、この方面は案外保守的で、わたしが夢想したようなラディカルな変化はいまだに訪れていません。

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奥にAltoの縦型CRTが見える。ミュージカル・キーボードで弾いた音を自動的に記譜するシステムの研究とある。これは1977年にScientific American誌に掲載されたアラン・ケイの論文に付された写真で(写真の人物はケイではない)、翌々年にこれを読んだわたしはビックリ仰天した。いま考えれば、自動記譜ソフトウェアなど、初歩的なものなのだが。

いずれ音楽は非回転媒体に記録され、永遠に劣化しなくなる、というのはわりに一般的なアイディアで、ここへきてじっさいに商品になっているのは皆さんご存知の通りですし、今回のビートルズUSBボックスなどというのは、まさに「非回転媒体による音楽の配布」の最先端です。

ただし、昔、この非回転媒体のアイディアとセットで考えていたことはいまだに実現されていません。それは、ビートルズでいえば「これであなたも今日からジェフ・エメリック ドゥー・イット・ユアセルフ・ビートルズ・リマスター・キット・フルマルチトラック・レコーディングス」という製品のリリースです。

つまり、わたしは「ディジタル化=2トラックの呪いからの解放」と考えていたのです。やがて、われわれはマルチトラック・レコーディングを、その記録されたトラック数のまま手に入れ、自分でミキシングして聴くことができるようになる、と思ったのです。

PCがあれば、そんなこと簡単じゃないですか。だれかの声は聴きたくないと思ったら、マウスでフェイダーを下げて、消しちゃえばいいのです。いずれ、そういう製品が売られるようになると、1981年には考えたのですがねえ。まあ、わたしは、「このミキシングはいやだなあ」「このベースは嫌いだなあ」「こいつの声は最悪だなあ」「このトラックのアレンジは最高だなあ、ヴォーカルを消したいなあ」なんてことばかり思っているからかもしれませんが。

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結論として、非回転媒体の半歩すすんだ活用がはじまったのは喜ばしいことです。これでロッシー圧縮ファイルの配信のような悪貨を駆逐できるかもしれません。あんなインチキ製品で金を取るなんて、いい根性してるぜ>そっちの業界関係者。これからはロスレス圧縮による配布以外は詐欺ということにしましょう。MP3だのWMAだのというロッシー圧縮ファイルはホンモノではないのだから、当たり前のことです。

昨年の詐欺まがいリマスターは、善意に解釈すれば「定本全集」をつくり、後世に残す作業かもしれない、なんて、おめでたいことをチラッと思いました。でも、「定本」というのなら、目下のところ、今回のFlac版のほうがはるかにオーセンティックです。テクノロジーに左右されるものは、校訂もハチの頭なくて、すぐに「異本」にされちゃうのだから、「定本」なんて概念はやはり適用できないようです。

ついでにいえば、このビートルズUSBボックスが示しているように、CD音質にこだわる理由ももうありません。CDの何倍のサンプリングレートにしてもかまわないのです。さっさと業界全体がそういう方向に動いてほしいと思います。ディジタル技術の進歩の速さからいうと、CDの技術というのは先史時代で足踏みしているも同然です。音質も21世紀に適応しましょう。

半世紀以上つづいた、強固なる2トラックのパラダイムを破壊できる可能性を示したという点で、今回のビートルズUSBボックスは、前回の詐欺同然製品とはまったく異なり、相応の価値のあるものと考えます。とはいえ、LPよりいいとまではいえませんでした。いま、ゼロから買うなら、このUSBボックスがベストである、ということはいえるでしょうが……。


The Beatles [USB]
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by songsf4s | 2010-01-19 23:32 | 映画・TV音楽