セット、ロケ考 (日活映画『赤いハンカチ』より その7)

予告篇の対語はなんだろうなんて思いましたが、そんなものは存在しないから言葉もないのでしょう。overtureの対語として、勝手にundertureという言葉をつくった(preludeの反対はpostludeかと思って調べたら、ほんとうにあった!)アル・クーパーにならえば、「後告篇」てなものでしょうか。

せっかく加工までしながら、置き場所に困って棚上げしてしまった『赤いハンカチ』関係の写真などもあるので、つぎの映画を見終わるまでのつなぎとして、本日は雑多な話でア・ラ・カルトと参ります。

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本文ではふれなかったが、二谷英明が経営しているスーパーマーケットの店内や社長室も出てくる。社長室からはマジック・ミラーで店内が見られるという設定で、スクリーン・プロセスで店内の様子が嵌めこんである。浅丘ルリ子のバスト・ショット用にも異なったアングルから撮った店内のショットが嵌めこんである。

◆ 視覚の快楽 ◆◆
日活無国籍アクションは、非日本的風景を追求しました。若い監督たちは、自分の好きな外国映画をイメージしながら、ショットを積み重ねていったにちがいありません。アメリカ映画よりヨーロッパ映画、とくにフランス映画に範をとることが多かったのだと想像します。たとえば『俺は待ってるぜ』の冒頭は、ジャン・ギャバン主演のメグレ警視ものがはじまるのかと思うような絵作りです。

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後年の山手の丘の邸宅を強調するために、冒頭の「お豆腐屋さ~ん」のあとに浅丘ルリ子の家の内部を見せる。

当然、見る側もそこに注意を払うことになります。『赤いハンカチ』でもっともイマジナティヴなロケとセットは、「山下橋ホテル」のファサードと室内、そしてロビーのデザインです。ほかに視覚的刺激を強く感じるショットを登場順にあげると、

1 冒頭に登場する埠頭と引き込み線(ロケ)
2 警察署の裏庭(セット)
3 ホテル・ニュー・グランドのファサードと階段(ロケ)
4 二谷英明と浅丘ルリ子の家の室内、とくに暖炉のある居間(ロケとセット)
5 「横浜共済病院」のファサード(ロケ)

といったところでしょうか。こうしてみると、ダム工事の飯場や「お豆腐屋さ~ん」にちょっと目を眩まされてしまいますが、『霧笛が俺を呼んでいる』ほど先鋭的ではないにしても、『赤いハンカチ』もまた、「非日本的風景」を追求した映画だということがはっきりします。子どものころ、この映画が好きだった裏には、そういう視覚的快楽もあったのかもしれません。

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4の二谷英明の家(主として浅丘ルリ子のショットだが)は、いまになるとたんなる豪邸にしか見えないでしょうが、当時の最先端のデザインで、明らかに意図的に選択されたスタイルです。

居間が吹き抜けになっていることがまず目を惹きます。また、金属の覆いをかぶせて煙を導く「暖炉」(のようなもの)も尖鋭的です。時代の花形だったスーパーマーケット・ビジネス(たしかにあのころはそうだったのだ!)で大儲けした人間の住まいにふさわしくつくられているのです。

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ガラスだかプラスティックだかの小さなプレートをつなぎ合わせたカーテンのごときものも、演出効果を狙ってのものでしょうが、これまたどこにでもあるものではなく、あの尖端的デザインの家にふさわしいものとして選ばれたにちがいありません。映画美術というのは、なかなか大変であると同時に、雑食性が強く、すごく面白いものだと思います。

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◆ 警察署のバックロット ◆◆
警察署の裏手にある駐車場は『赤いハンカチ』のもっとも大事な舞台のひとつです。

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もちろん、これはセットです。調布撮影所のステージのひとつをめいっぱいに使ってつくられたものでしょう。それでも、署内の廊下まではステージに入りきらないでしょうから、その部分はバックロットに突き出させたのでしょう。

考えてみると、これはなかなか愉快です。劇中の屋外は撮影所の室内につくられ、劇中の屋内は屋外につくられたのです。世界が裏返っているのです。

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警察署裏をセットにしたのは、適当なロケーションが見つからなかった、雪を降らせたかった、舞台劇的ライティングをしたかった、薄明のライティングがロケではむずかしい、などといったことなのかもしれません。

しかし、できあがった絵から感じるのは、この警察署裏が「異次元」化しているということです。『赤いハンカチ』が子どもにも強い印象を残したのは、この警察署裏のセットのせいもあったと思います。ほんとうなら、あれだけの銃声がして、署内からだれも出てこないのは奇妙なのですが、それを感じさせないのは、あのセットが舞台劇的な空間になっているからです。

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われながら、どうしてそういうよけいなことを考えるのかと思うのですが、この架空の警察署はどこにあるのでしょうか。わたしはずっと昔から、中華街にいって、たまたま加賀町署の前を通ると、「『赤いハンカチ』だ」と思っていました(「神奈川県警加賀町署」のオフィシャル・サイトへ)。

もうなくなってしまったかと思ってグーグル・マップで見たら、昔と同じファサードだったのでビックリしました。でも、よく見ると、建て替えたのだけれど、ファサードは保存した、という東京銀行協会(旧状はわたしのべつのブログに示した)や工業倶楽部などと同じ形でした。

背後に新しい建物ができたので、もはやバックロットは存在せず、わたしの「幻視の愉しみ」はエンド・マークを打たれてしまいました。

加賀町署は中華街に接していて、山下橋ホテルで逮捕された石原裕次郎が連行されるならここしかないという場所にあります。ロケハンのとき、当然、舛田利雄監督もこの警察署のたたずまいに目をとめただろうと思います。いや、映画ではついにファサードが登場しなかったのは、「異次元性」を補強する結果になったので、あれでよかったのだと思いますが。

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◆ 黒澤明のベスト100 ◆◆
そんなものを探していたわけではなく、なにかべつの映画のデータを探していたのですが、たまたま「黒澤明が選んだ映画ベスト100」といったリストにぶつかりました。

娘さんとの対話を文字に起こしたもので、各監督につき一作品という条件がつき、あとから年代順に並べ替えたものだそうです。黒澤明関係のいずれかの本に収録されたもののようで、なにも英語で読まなくてもよさそうなものですが、元になった本をもっていないので、このような迂遠なことになりました!

作品よりも監督自身について語られているものも多く、厳密にベストを選んだというわけではないでしょう。思いついた百人の監督を並べてみた、ぐらいに受け取っておくほうが安全です。

それから、わたしは黒澤明を信奉しているわけではないことも申し上げておきます。好きな映画もあれば、『静かなる決闘』『白痴』『生きる』『素晴らしき日曜日』のように、おおいにへこたれたものもたくさんあり、最後まで見られなかったものすらあります。しかし、それでもなお、このリストは興味深く感じます。

もっとも意外だったのは、38番目に登場する、『足ながおじさん』です。黒澤明は「これはきちんとつくられた映画だよ。ぼくは不器用だから、フレッド・アステアのような人にはまいっちゃうし、なんといってもレスリー・キャロンがいいよね」といっています。

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この映画は、当家でも先日、「Astaire the Drummer その1 『足ながおじさん』」として取り上げています。自分でも取り上げたぐらいだから、嫌いではないのですが、でも、わたしなら『足ながおじさん』はフレッド・アステアの代表作にすら選ばないでしょう。

黒澤明の『足ながおじさん』短評はべつに不賛成ではないのですが、『バンド・ワゴン』や『イースター・パレード』より素晴らしいかというと「はて?」です。

『足ながおじさん』のように他力本願的に幸せになる物語というのは、ひとつのジャンルを成しているといっていいほどで、それはそれでおおいに魅力があるとは思うのですが、この映画のフレッド・アステアのダンスにはすでに昔日の輝きはありません。結局、黒澤明がこの映画のどこに『バンド・ワゴン』にまさる魅力を見いだしたのかはわかりませんでした。

当然、百人のうちに入ってしかるべき監督でも、どの作品を選ぶかという点は興味があります。成瀬巳喜男は『浮雲』、小津安二郎は『晩春』、川島雄三は『幕末太陽伝』というのは諸手を挙げて賛成ですし、山中貞雄は『人情紙風船』ではなく、『丹下左膳余話 百万両の壺』をもってきたところに味がありますが、溝口健二は『西鶴一代女』というところで、そうくるか、でした。

いや、こんなことを書いていたら永遠に終わらないので、今日はこれくらいにしておきます。このリストはまたネタにするかもしれません。それにしても、黒澤明という人は、実作者ではなく、評論家なのかと思うほど、こまめに映画を見ていたのだなあ、と呆れてしまいました。

つぎはハリウッド映画のつもりだったのですが、前回、金子信雄のことを書いていて気が変わりました。またしても日活アクションでいきます。
 

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by songsf4s | 2010-01-17 22:43 | 映画