『赤いハンカチ』予告篇(日活映画『赤いハンカチ』より その1)
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このところ、一年一年、齢を重ねるごとに、デックに積まれたカードが目に見えて減っていることを強く意識するようになってきています。若いころは、いくら明日の命はわからないといっても、それはたんなる確率の話にすぎず、実感はありませんでした。明日も生きているし、一年後も生きているし、十年後も変わらないということを前提に毎日を生きていました。

いまだって、明日も生きているし、十年後もたぶん生きていることを前提にしてはいるのですが、その裏側で、明日の朝目覚めない可能性も頭の片隅で意識しながら眠りにつきます。あるいは、数十年かけてため込んだ書物や盤に執着がなくなるという形で、明日は来ない可能性があることをはっきりと認めるようになりました。

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ギタリスト、アレンジャーのビリー・ストレンジさんが、たしか妹さんの死に際してだったと思いますが、印象深いメールをくれました。遺品を整理していたら、引き出しから、かつてご主人にプレゼントされたシルクのランジェリーが手つかずのまま出てきたのだそうです。それを見て、ビリー御大が思ったのは、楽しむべきものは生きているあいだに楽しもう、死んでシルクのランジェリーを残してもなんにもならない、ということでした。

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なにか企画を立てて突き進んでいるときはいいのですが、一連のシリーズにケリがついたあとで、しばしば、つぎはどうしようと悩んでしまいます。門松は冥土の旅の一里塚、This'll be the day when I dieとはいわないまでも、This'll be the year when I dieというつもりで、あれこれ悩まずに、好きなものを片端から見ていこう、と決めました。この映画は好きだけど、春ごろにとりあげよう、といったつまらない「計画性」にとらわれるのはもうやめにします。まあ、もうひとつのブログ、黄金光音堂もあるので、企画ものをやりたくなったら、そちらでということにします。

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◆ 十歳にして「プロトタイプ」となる ◆◆
そのようなしだいで、「死ぬ前にもまた見たい映画」シリーズの第一弾は(と、性懲りもなくまた企画にしている)、舛田利雄監督、石原裕次郎、浅丘ルリ子主演の『赤いハンカチ』です。

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日活映画をよく見るようになったのは小学校三年ぐらい、すなわち1962年ごろからです。もちろん、それ以前にも見ているのですが、小学校低学年で映画を見たところで、ただ見たというだけの意味しかなく、いまになって、あれは封切りのときに見た、などといってもたいした意味はないような気がします。

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学齢前に毎週通っていた大映や東映の時代劇は、大友柳太朗と片岡知恵蔵と市川右太衛門がゴチャゴチャになってしまい、「姓は早乙女、名は主水、ご存知旗本退屈男」なんてキメ台詞は思いだしても、えーと、あれは右太衛門か柳太朗か、どっちだ、という情けない記憶の摩滅、剥落をきたしています(調べたら市川右太衛門だった)。リアルタイムで見た、なんてエラそうなことをいっても、子どもではその程度でしかありません。

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その情けない子どもが、ようやく天地左右の区別がつくようになり、あれは俺のミニチュアだ、といえるようになったのは小学校四年のときだと、いまふりかえって感じます。人はいつ人として十分な条件を備えるか? わたしの場合は年齢が二桁になったときだったと思います。

小学校四年、1963年にはじめてシングル盤を買いました。A面がリトル・ペギー・マーチのI Will Follow Him、B面がサム・クックのAnother Saturday Nightという変則カップリングで、ペギー・マーチにはもうあまり興味がありませんが、サム・クックはいまでも好きなシンガーのひとりですし、この曲のドラムはハル・ブレインその人でした。同じころに兄が買ってきたボビー・ヴィーのRubber Ballも、デル・シャノンのHats Off to Larryも、いまでも好きな曲です。だから、「あいつは俺のミニチュアだ」といえるのです。

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映画についても、このころになって、いまのわたしにもわかる嗜好を見せはじめます。わけもわからずに、毎年数百本ずつ見ていた(簡単に計算できる。東宝だけを毎週見ても年間百本、邦画五社を全部見れば五百本になる。わたしの場合、松竹はオミット、大映東映もしだいに遠ざかり、東宝を中心に、日活が月に一、二度、洋画も月に二、三度だから、週に五本前後のペースだったと推計できる)のが、なにか効果があったのか、いまのわたしから見ても、うん、その映画が好きだというのはわかる、といえるものがあらわれます。

1966年に日活通いをやめるまでに見た(おそらく)二百本ほどの映画のうち、もっとも印象深かったのは、1964年正月、小学校四年のときに見た『赤いハンカチ』です。

◆ 二種類の「赤いハンカチ」 ◆◆
またしてもすでに残り時間僅少、本題にはとうてい入れそうもありません。今日はサウンドトラックの切り出しと編集に手間取ってしまいました。せっかく切り出したのだから、サンプルをお聴きいただきましょう。

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そういえば、前回の『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』のサンプルは、どのトラックもハイペースでダウンロードされていて、いったいなにがお気に召したのかと不思議に思っています。

いや、考えてもはじまらないので、『赤いハンカチ』のサンプル第一弾にいきましょう。当然ながら、一番手はメイン・タイトルです。

サンプル 『赤いハンカチ』メイン・タイトル~石原裕次郎の赤いハンカチ

お聴きになればわかりますが、このメイン・タイトルはやや変則的なスタイルになっています。ガット・ギターのインストゥルメンタルではじまって、それでいくのかと思っていると、途中から石原裕次郎歌う「赤いハンカチ」がはじまるのです。

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『赤いハンカチ』は、さきに歌のほうがヒットして、それにあやかって映画が生まれたのだそうですが、盤と映画ヴァージョンでは、大きくニュアンスが異なっています。

赤いハンカチ(盤)


この二者を聞き比べただけではどうということはないでしょうが、映画を見ると、なぜ映画用の歌が、ああいうニュアンスになったのかがよくわかります。盤のままでは映画のタッチと乖離を起こしてしまうでしょう。『赤いハンカチ』とは、一言でいえば「甘美なる沈鬱」の映画だからです。

そのへんのことは次回以降の「本編」で書くことにします。本日は予告篇のみでした。

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by songsf4s | 2010-01-11 23:33 | 映画・TV音楽