黒い霧の町 by 赤木圭一郎(日活映画『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』より その1)
タイトル
黒い霧の町
アーティスト
赤木圭一郎
ライター
水木かほる、藤原秀行
収録アルバム
『日活映画音楽集 スタアシリーズ 赤木圭一郎』
リリース年
1960年
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松がとれたあとはどうするのか、まったく腹案がなく、そのときになればなにか思いつくだろうと思ったのですが、ぜんぜんなにも思いつかず、ちょうど見ようと思っていた映画を見て、それをそのまま書くことに(万やむをえず)なりました。

しばらくは企画を立てて、準備をするといった形ではなく、そのときそのときのインプロヴ、思いつきで選んでいくことになりそうです。

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◆ 「化け」おおせた映画 ◆◆
『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』は、拳銃無頼帖シリーズの第一作で、公開時ではなく、ずっと後年にテレビではじめてみました。

製作の順番通りに見ていない人間の勝手な思いこみですが、この『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』は、赤木圭一郎が「いかにも赤木圭一郎らしいキャラクター」を確立した映画のように感じます。数年後に鈴木清順監督の『素っ裸の年齢』を見て、面白い映画ではあるものの、「赤木圭一郎ができあがる前の映画」と感じました。

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じっさいには、『素っ裸の年齢』が1959年、『拳銃無頼帖』が1960年なのだから、ほとんど同じ時期に撮られています。いや、それをいうなら、赤木圭一郎はスターになったかと思うともう死んでいたというぐらいで、主役としての「実働」はほんの一年半ほどなのだから愕きます。

それでもなお、役者はやはり「化ける」時期があり、赤木圭一郎は1959年と1960年のあいだのどこかで「化け」、のちのち語りぐさになる役者へと変貌したのだと感じます。後追いのファンとしては、その「化け」おおせた映画が『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』ではないかと思っています。

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いや、そうじゃないかな、と思って二十年ぶりに見返してみたのでありまして、まあ、外れてはいなかった、というだけです。わたしだけの思いこみかもしれないから、干支でもあることだし(カンケーないか)虎の威を借る狐をやって、渡辺武信の『日活アクションの華麗な世界』をいま引っ繰り返してみましたが、赤木の章の冒頭で、以下のように明快に断じていました。

「〔赤木圭一郎は〕この年(1959年)の内に二本の主演作を持つようになるが、彼がダイアモンドラインの一翼をになう日活“第三の男”となるのは翌年2月の『抜き射ちの竜』(野口博志監督)まで待たなくてはならない」

そういう感じなのでしょうね。『抜き射ちの竜』の赤木圭一郎には、すでに「できあがった」魅力があります。

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◆ 宍戸錠の古典的敵役 ◆◆
赤木圭一郎が演じる剣崎竜次は、相手を殺さず、肩を撃ち抜くだけというガンマンで、冒頭、ある組織のボス(とあとでわかる)と対決し、相手を仕留めるものの、ヘロインの禁断症状に襲われ、菅井一郎(小津安二郎の『麦秋』のイメージとそれほど矛盾しない)の病院に担ぎ込まれます。ここまでがアヴァン・タイトルとタイトル。

ひと月後、病院に高品格を筆頭とする、赤木が斃したボスの子分たちがやってきて、騒動になりかかりますが、赤木の治療費を出した男というのがやってきて、拳銃の腕でこの連中を追い払います。これが宍戸錠扮する「コルトの銀」というのだから、え? ですわ。

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まあ、エースのジョーというわけにはいかないから仕方ありませんが、いまになると、シリーズ違いなど気にせずに、こちらでもエースのジョーとしておいてもらいたかったと思います。渡り鳥シリーズじゃないからと思っていても、やっぱり「コルトの銀」といわれると、気分の片足が三センチばかりズルッとなり、そのたびに体勢を立て直さねばなりません!

というくらいで、宍戸錠は「主人公に惚れたライヴァル」という「いつもの役」で、いつものように台詞にもスタイルにも気を配っています。海外の宍戸錠ファンは、エースのジョーの本領は、主役のときではなく、こういうライヴァル役のときにあるということを知らないのだから、じつにお気の毒なことと同情しちゃいます。子どものころ、宍戸錠にあこがれたのは、主役としてではなく、「どうも野暮用が多くてな」などとボヤく殺し屋ぶりがじつに楽しかったからです。

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藤村有弘の包丁の一撃を食らいそうになって、茶碗と箸を持って逃げる「コルトの銀」=宍戸錠。ただし、よく見ると、この直前の、坐ったままで包丁をよけたショットでは手ぶら。あとになって、茶碗と箸を持っているほうが面白いと思ったのだろうが、直前のショットを修正する手間はかけなかったらしい。

今回、笑ったのは、飲食物がらみのショットでの工夫です。こういうところに宍戸錠の映画物知りぶりと、その知識を自分の演技にアダプトするすぐれた適応力があらわれています。早川ポケット・ミステリーを片端から読んで、しばしば自分で台詞をつくった人だから、視覚的アクセサリーにも神経質だったのです。

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宍戸錠は、ただ漫然と立っているなどというムダなことはしない。ここではじつに上品にお茶をいただいている殺し屋をやっている!

◆ 豪華絢爛多士済々の悪役陣 ◆◆
宍戸錠が赤木圭一郎の治療代を払ったのは、彼のボス、香港のギャング「楊三元」(西村晃)の意を体してのことで、義理ができた赤木は楊の手下として働くことになります。

この映画の西村晃は、彼の日活脇役史のなかでも特筆に値します。「わたし、美術品でも、女でも、一流、好きです」という中国語訛りの日本語が、宍戸錠のアメリカ風キザと好対照をなして、うれしくてうれしくて頬がゆるんだり、手を叩きたくなるシーンの連続です。

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藤村有弘(左)と西村晃。片や「中国語風怪しい日本語」の大家、片や名優、この二人の片言日本語合戦には、スタッフが笑い死にしそうになったにちがいない。いや、当人たちも吹いてしまっただろう。たぶん、こういうのは現代ではpolitically incorrectだろうから、二度と味わうことのできない芸である。

西村晃の懐刀が、中華料理のシェフに身をやつしている「張」(藤村有弘)で、これがまたうれしくなるようなキャラクターです。宍戸錠に料理のことで侮辱されるや、いかにもおそろしげな肉切り包丁でいきなり斬りつけちゃったりするし、麻薬取引ともなれば、先頭に立って現場指揮を執ります。

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この香港ギャングの日本側のパートナーだったのが二本柳寛(小津安二郎の『麦秋』のキャラクターとはぜんぜん違う! 『麦秋』では杉村春子の息子、原節子の結婚相手!)とくるわけで、悪役陣はじつに層が厚くて、日活アクションの愉楽ここにあり、です。

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あの時代の日活プログラム・ピクチャーなので、とんでもなく意外なことが起こるわけではなく、赤木圭一郎は、ギャングのくせに、結局、悪いことはせず、香港ギャングと二本柳寛の一味を破滅させ、浅丘ルリ子に「待ってるわ」といわせて、エンドマークを引っ張り上げるのでした。

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◆ まずは主役の歌各種とりまぜ ◆◆
ストーリーを知っている映画を見直すときには、当然、目は画面の端に向かい、耳も活溌に働かせます。

この映画のスコアは山本直純、挿入曲は赤木圭一郎歌う「黒い霧の町」と、西田佐知子の「1対1の女」、これはそれぞれライターが異なります。

日活アクションではよくあったことですが、この映画も、スコア、挿入曲、ともに楽しい出来で、独立したOST盤とまではいわないまでも、たとえば拳銃無頼帖シリーズだけのOST盤をリリースしてもいいのではないかと感じます。

スコアのハイライトは次回ということにして、挿入曲をYouTubeで探してみました。

黒い霧の町(盤)


霧笛が俺を呼んでいる~黒い霧の町(ライヴ with 宍戸錠)


どちらも映画とは異なるので、いちおう、映画から切り出した純粋なOSTをサンプルにしてみました。この「黒い霧の町」は劇中二度流れますが、これはその最初のほう、中間部で流れるヴァージョンです。

サンプル 赤木圭一郎「黒い霧の町」(映画ヴァージョン1)

今日は野暮用があったり、夕方から取りかかったものの、頭がちゃんと働いていなかったために、音楽の切り出しに時間がかかってしまい、残りは明日ということにします。スコアもお楽しみに。


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by songsf4s | 2010-01-09 23:46 | 映画・TV音楽