あとから考えると、「『霧笛が俺を呼んでいる』その1」で、ずいぶん大束なことを書いてしまったようです。こんなセンテンスです。
「山本直純による『霧笛が俺を呼んでいる』のスコアは、ほぼすべて4ビートです。それ以外の音楽というと、赤木圭一郎が歌うテーマ曲と、クラブ・シンガー役の芦川いづみが歌うシャンソンぐらいでしょう」
その後、細かくシーンを検討していくなかで、「ほぼすべて」はちょっと誇張がすぎたな、と頭をかきました。半分ほどが4ビート、残りはストリングスなどによる叙情的な「キュー」、あるいは4ビートの部分をプレイしたのと同じコンボによる、歌謡曲的なもの(たとえば城ヶ島に向かうシークェンスに流れる、主題歌のインスト・ヴァージョン)などです。
これだって、「4ビートを大々的に利用した映画スコア」であることに変わりはないのです。表現は修正するべきですが、「日活は世界でもまれに見るほど4ビートのスコアを生み出したスタジオである」という考えに変わりはありません。
◆ 一家総出する評判かな ◆◆
もうこの記事のタイトルはご覧なのだから、ごちゃごちゃいわずにここらで話に入ります。今日から、日活アクションの「非日本的」絵作りよりも、「非日本的スコア」のほうにポイントおいて、『嵐を呼ぶ男』を見ていきます。舞台は東京なので、『霧笛が俺を呼んでいる』のように、ロケ地のことで長広舌をふるうようなことはないでしょうから、せいぜい3回ぐらいで終わる予定です。
当時は知りませんでしたが(なんたって、この映画が公開されたとき、わたしはまだ四歳だった!)、石原裕次郎が国民的スターになったのは、この『嵐を呼ぶ男』の大ヒットのおかげなのだそうです。まあ、そんなことはどこのサイトにも書いてあるから、どうでもいいようなものですが、なるほどね、それでああなったか、と思ったことがあります。
嵐を呼ぶ男 主題歌 動画なし
しばしばネタにしているわが老母に、『嵐を呼ぶ男』があるけれど、見てみるかい、といってみたのです。そうしたら、「あのときは、店に人たちまでみんなつれて、そこの日活にうちじゅうで見に行ったね」といっていました。
なんだか、昭和三〇年代のにおいが濃厚にするでしょう? 昔は夜遅くまで商売していたので、その日はきっと早じまいしたのです。田舎から集団就職でやってきた住み込みの店員、通いの店員、わが家の四人、合わせるとあのころは十人になるかならないかでしょうか。
きっとみんなで簡単な夕食をかきこんで、ぞろぞろと夜の町に繰り出したのです。目指すは巷で大評判の若者、石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』がかかっている日活直営館です。木造モルタル二階建て、典型的な戦後の映画館でした。
ところが、わたしはそのときのことをぜんぜん記憶していないのです。『嵐を呼ぶ男』を子どものころに見た記憶はあります。しかし、そんな大人数で見に行ったなんて、かけらも覚えていません。たぶん、この映画を記憶したのも、封切りのときではなく、その後の再映を母親と一緒に見たときのことでしょう。
あのころは、しじゅう母親といっしょに日活に裕次郎を見に行っていました。なにしろ、わたしが通う公立小学校では、日活に行ってはいけないことになっていて、ひとりでは裕次郎も宍戸錠も見られなかったのです。
おかげで、行けるものならなんでも行こうというさもしい根性が生まれ、兄にくっついて、吉永小百合映画までたくさん見ました。子どものころだって、やっぱりアクションのほうがはるかに好きだったので、『若い人』とか『光る海』とか『非行少女』とか『キューポラのある町』とか『潮騒』とか『伊豆の踊子』とか(これはほんの氷山の一角)、そういうのはあまり興味がなかったのですが、同時上映でアクションものを見られることもあったので、兄が連れて行ってやろうかといえば、ぜったいに断りませんでした。
◆ フル・スコアの登場 ◆◆
本題のつもりだったものが、書いてみたらやっぱり枕のようでしたが、こんどこそ本題。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、最近、『嵐を呼ぶ男』のフル・スコアがCD化されました。オリジナル・テープにもどってのマスタリングなので、びっくりするような音です。
ただし、石原裕次郎唄う主題歌や冒頭のジャズ喫茶のシーンに出てくる平尾昌章の歌は入っていません。「スコア」のみ、といいたいところですが、音楽映画なので、純粋なスコアともいえず、いわゆる「現実音」、劇中で鳴っている音楽も多数収録されたものです。まあ、今回から数回にわたる『嵐を呼ぶ男』の記事では、純粋なスコアか「現実音」かということには、あまりこだわらないつもりです。
その「スコア」(といってしまいます)を聴いて、何度も見た映画なのに、へえー、こんなだったかねえ、と感心してしまいました。国外では石原裕次郎の知名度が低く、映画自体が字幕付きDVD化の対象になっていないため(それにくらべて宍戸錠の需要の大きいこと! 宍戸錠の新しいDVDがリリースされるというと、大騒ぎになる)、まだ海外からの評判が聞こえてきませんが、いずれアメリカでも、このスコアのすごさが理解されるでしょう。『殺しの烙印』における山本直純のスコア(こちらは海外でも「クールなスコア」として有名)より十年前だということに、ギョッとするはずです。
1950年代のハリウッド映画のスコアをざっと聴けば、『嵐を呼ぶ男』を世界映画史のどこに位置づけるべきかがわかります。大森盛太郎は、いずれ、アレックス・ノース、ショーティー・ロジャーズ、エルマー・バーンスティーンといった、ハリウッドのジャズ・スコアのパイオニアたちとの比較で理解されることになるでしょう。
以上、今日は野暮用ばかりで時間がとれず、予告篇のみでした。次回からはもうすこしがんばります。
DVD
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