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『拳銃は俺のパスポート』メイン・テーマ by 伊部晴美 その2(OST 『拳銃は俺のパスポート』より)
タイトル
『拳銃は俺のパスポート』メイン・テーマ
アーティスト
伊部晴美(OST)
ライター
伊部晴美
収録アルバム
日活映画音楽集スタア・シリーズ 宍戸錠篇
リリース年
1967年(映画公開年)
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あれこれ読んでみると、目下進行中の(ひょっとしたらきわめて)ささやかなNikkatsuブームの直接の火付け役は、マーク・シリングというジャパン・タイムズの寄稿家のようです。

Mark Schilling's Tokyo Ramen: Reviews and articles on Japanese films and pop culture

以前、ここに掲載された木村威夫インタヴューをご紹介しました。最近の日本映画が中心なので、幸か不幸か、わたしのような人間には読むべき記事はそれほど多くなく、助かるといえば助かります! 以下はマーク・シリングの日活アクションに関する本。そういうものが出版できた、というか、存在し得たこと自体、ちょっとばかり驚きですが。

No Borders, No Limits: Nikkatsu Action Cinema (Cinema Classics)
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(アマゾンへ)

この本は読んでいません。興味なきにしもあらずですが、日本映画に関する日本語の本だって、読むべきものは汗牛充棟で、ここまで手が回るかどうか……。

読まずとも、ヴィジュアルを見るだけで、海外での日活映画受容状況はそれなりにわかるので、いずれ、そういうものを選ってリンクを並べようかと思いますが、とりあえずは一日一善(カンケーない)で切り上げます(昔見た荒戸源次郎主宰の「天象儀館」の芝居で、茶碗を手におじやを食べながら、登場人物が「おじやは一杯、アジアはひとつ」というのがあった。「アジアはひとつ」は岡倉天心の言葉だが、劇中、この台詞をいうのは大杉栄だったような記憶があるが、もちろん、あてにならない。そういう近代史の重要人物が登場する芝居だった。天象儀館の芝居はたくさん見たので、タイトルがこんがらがっているが、あるいは『食卓の騎士』だったかもしれない。もちろん『円卓の騎士』The Knights of the Round Tableのもじりである。一日一善と自分で書いて、一日一「膳」を想起し、上杉清文作の「おじやは一杯」を思いだしてしまった)。

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◆ 低湿度、低糖度 ◆◆
なんの話だかわからなくなったところで、全部チャラにして本題に入ります。

以前にも書きましたが、『拳銃は俺のパスポート』はアメリカ人にはわかりやすい映画でしょう。もともと、日本的な題材を日本的に描いたものではないのです。また、メイン・テーマはイタロ・ウェスタンをベースにしているので、いくぶんかウェットな感触がありますが、スコアの半分ほどは4ビートですし、モノクロームで撮影された画面は、湿度10パーセント以下の乾き方です。

ジョーを追うギャングたち(三人のボスのひとり、内田朝雄がすばらしい。まあ、わたしはファンだから、内田朝雄が出てくれば、それだけで喜んでしまうのだが。「金か義理か?」「お金よ」「ま、そやろな」のくだりがいい!)はもちろん、ジョーもヒロインの小林千登勢も、ジョーの舎弟のジェリー藤尾も、だれも笑顔を見せません(野呂圭介がひとりでチラッとコミック・リリーフをやる)。コミカルな芝居を得意とした宍戸錠は、ここでは、たとえていえば『ポイント・ブランク』のリー・マーヴィンのようなタッチで演じています。

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女にマッサージさせながら用談をする横浜の顔役、内田朝雄。

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野呂圭介(中央)はいつもの役柄

『ポイント・ブランク』の原作である『悪党パーカー』の作者リチャード・スタークが、泥棒もののコミカルな側面はこのシリーズからは完全に抹消し、そちらはドナルド・ウェストレイク名義の、不遇の天才泥棒ジョン・ドートマンダー・シリーズにすべて吸収したことを連想しますが、宍戸錠も『ろくでなし稼業』のようなコミカルなタッチは、『パスポート』ではまったく見せません。

結局、宍戸錠の徹頭徹尾クールな、黒い壁のような演技、野村孝のこれまた冷たく乾いた演出、峰重義の底光りするような画調、『拳銃は俺のパスポート』の魅力はこのあたりに尽きるような気がします。もちろん、腋の甘いシナリオだったら、いくら乾いたタッチで撮っても感銘は薄くなるので、糖度と湿度が低いという意味で、いいシナリオだとは思いますが、そのあたりは藤原審爾の原作に負うところも大きいのではないかと想像します。

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◆ 横浜の湘南 ◆◆
最近は話の流れをつくるパワーがなくて、ここからはランダムに思いついたことを書きます。まずはロケ地のこと。

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宍戸錠扮するヒットマンとそのアシスタントであるジェリー藤尾は、組織に追われて「横浜」に隠れます。その潜伏先である、小林千登勢が働き、武智豊子が経営するトラッカー向けロード・イン「なぎさ館」の外観が撮影されたのは横浜ではないでしょう。たぶん逗子か鎌倉・材木座あたりではないでしょうか。

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あの時期、横浜にはもう砂浜はなかったと思いますし、そもそも、たとえ残っていたとしても、あのような風景ではありません。キャメラが捉えた「なぎさ館」付近の岬は、鎌倉と逗子を仕切る飯島の鼻のように思えます。

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じっさいに横浜で撮影されたのは、小林千登勢が生まれ育ったというだるま船のたまり場です。背後に横浜税関の塔が見えます。

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このあたりは再開発され、いまではまったくちがう風景になっています。週末にこのあたりを散策し、赤レンガ倉庫で買い物し、飲食をなさった方もいらっしゃるのではないでしょうか。いまでは立派な観光スポットで、日活アクションの撮影には不向きな土地柄になってしまいました。いや、かくいうわたしも、たまにこのあたりを「観光」しちゃったりするのですが!

◆ 首都圏荒野 ◆◆
気になるのは最後の対決シークェンスのロケ地です。

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どうお考えか? なんたって、手がかりがなさすぎるのですよね。しかも、これはどうみても開発途上の一時的な状態、このあと、この荒れ地のような場所には、たとえば工業団地のようなものがつくられたはずです。しかも、この状態では一般人が入れるとは思えず、たとえ、わたしの生活圏内にあったとしても、記憶しようがないのです。

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よって、たんなる当てずっぽうを書きます。これが横浜市内だとすると、わたしに考えられるのは一カ所だけです。根岸、磯子、杉田にかけての海岸の大規模開発地です。ただ、あのあたりは近くに丘陵があるので、映画のなかのような、見渡すかぎりなにもない風景をつくるのはむずかしいのではないかという気もします。杉田寄りなら、丘陵が視界に入らない場所があるかもしれませんが。

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このショットは横浜の根岸から磯子のどこかで撮影されたと思う。画面上部の切れた向こうに、海岸の大開発地が荒野然として広がっていたはずだ。

わたしは千葉には土地鑑がないのですが、こういう見渡すかぎり平らな場所というのは、千葉のほうにありそうな気がします。60年代は狂乱の開発時代なので、日本中の海が埋め立てられていたにちがいありません。わたしは神奈川県のことしか記憶がありませんが、千葉育ちの方なら、1960年代なかばにはあのあたりの海岸が埋め立てられていた、などという記憶がおありなのではないでしょうか。東京の千葉寄り、千葉の東京寄り、そのあたりの埋め立て地である可能性はあると思います。

どこで撮影されたのであれ、最後の対決にはふさわしい舞台で、興趣いやまします。同時に、記憶も刺激されます。マカロニ・ウェスタンで、よくこのような荒涼とした土地での対決を見たような気がするのです。しかし、さらに記憶をまさぐってみると、その印象は主として『続・荒野の用心棒』の対決場面からくるようです。

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◆ 作家性発現のタイミング ◆◆
わたしは『拳銃は俺のパスポート』を見て、あれえ、野村孝ってこういう監督だったのー、と驚いてしまいました。いまフィルモグラフィーを見ても、あまり「こういう監督」のような気はしてきません。それほど多くは見ていないのですが、これ以前の作品では、『夜霧のブルース』に多少近縁性を感じる程度です。同じ年に『いつでも夢を』を撮っているのですがね。

いや、まあ、昔の映画監督を作家性で捉えるのは間違いのもと。多くの人は会社から与えられる企画をこなす歯車でした。溝口、小津、黒澤などというのは例外中の大例外にすぎません。成瀬だって、かなりの数は会社のために撮ったのではないでしょうか。鈴木清順だって、プログラム・ピクチャーの枠組からはずれ「そうになる」ところが魅力なのであって、つまり、どっちなんだといえば、まちがいなくプログラム・ピクチャーの監督なのです。

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だから、疑問を持つのはいいとして、すこしその傾きを変えたほうがいいでしょう。「なぜ野村孝はこのときに、日活的プログラム・ピクチャーの枠組をはずそうとしたのか、あるいは、枠組を広げようとしたのか?」です。

やっぱり、会社が傾いたのだと思います。ムード・アクション路線は売れなくなり、裕次郎の人気もかげりが見え、映画人口は減少し、日活は迷走をはじめます。わたしのような子どもはすでに日活から離れていましたが、60年代後半に入ると「日活らしさ」の定義もボンヤリしたものになっていき、「ニュー・アクション」を経て(ということはつまり、商業的に大成功はせず)、ロマンポルノへの大転換、人材流出、となります。

60年代後半には、多くの人が危機意識をもっていたにちがいありません。だからこそ、この年、野村孝が作家性を感じさせる『拳銃は俺のパスポート』を撮り、同じ年に、鈴木清順が、正統ハードボイルドの『パスポート』に対するパロディーのような『殺しの烙印』を撮ったのではないでしょうか。どちらも、先は見えた、もう明日はないかもしれない、「映画」を撮るならいまが最後のチャンスだ、という切迫感の産物のように感じます。いや、あるいはただの開き直り、ヤケッパチの産物かもしれませんが!

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◆ Nikkatsuは日活ならず ◆◆
最初のきっかけ、海外でのNikkatsuミニ・ブームのことに立ち戻ると、『拳銃は俺のパスポート』が評判になったという点については、やはりいろいろ思うところがあります。

わたしが、そしておそらく多くの日本の映画ファンが考える「いかにも日活らしい映画」というのは、たとえば裕次郎の『嵐を呼ぶ男』『赤い波止場』『赤いハンカチ』といったアクションものと、それと対を成す『陽のあたる坂道』や『あじさいの歌』のような石坂洋次郎原作の市民映画であり、小林旭の『渡り鳥』や『流れ者』といった「日活ジャパノ・ウェスタン」であり、さらにいうなら、吉永小百合=浜田光夫の青春映画、といったあたりです。

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この「いかにも日活らしい」映画群は、海外ではほとんど知られていないのです。天下の石原裕次郎も、海外での知名度は宍戸錠に遠く及びません。アキラも同様。いまや日本の俳優といえば、三船敏郎(黒澤様々)、勝新太郎(というより「市」)ときて、つぎはたぶん宍戸錠、その背後に市川雷蔵が迫る(眠狂四郎と忍びの者のおかげ)といったあたりではないでしょうか。

わたしは大の宍戸錠ファンなので、どこの国の人も「Ace no Jo」を知っているのはうれしいのですが、それでもやはり、ちょっとちがうんだけどなー、ジョーさんは特異なバイ・プレイヤーとして売った人だということを押さえておいてよー、と思うのです。

それから、海外における「Nikkatsu」映画の最盛期は、われわれが見る日活映画の全盛期とは大きくずれています。われわれの感覚としては『赤いハンカチ』は、「日活残照の秀作」なのですが、彼らにとっては60年代後半、『殺しの烙印』とその後の『野良猫ロック』シリーズが生まれた時期なのでしょう。

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浅丘ルリ子がほとんど知られず、野良猫ロック・シリーズのヒロイン、太田雅子=梶芽衣子(いまになると、シガニー・ウィーバーの先祖のような気がしてくる。エイリアン相手に戦える女優が日本にいるとしたら、梶芽衣子だけだろう。藤純子が戦える相手は人間止まり)ならだれでも知っている、という、日本人から見れば、きわめて不思議な現象も、彼らにとってのNikkatsuが、どのような集合体であるかをあらわしています。

このあたりの彼我の落差については、さらにべつの日活映画を見つつ、再度考えたいと思います。

おっと、忘れていたことがありました。海外で『拳銃は俺のパスポート』がパッケージ化されるまでにひどく手間取ったということは、「その1」で書きました。では、国内ではどうなのでしょうか? かつてVHSが出ていたことがあるようですが、じつは、まだDVDがないのです! ということはつまり、海外に追い抜かれたことなのでしょうか? どうも困った話です。日本映画界は、昔から外圧がないと動かないものなので、そろそろ重い腰を上げるのでしょうかねえ……。

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by songsf4s | 2009-09-22 00:06 | 映画・TV音楽