狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その4
タイトル
狂った果実
アーティスト
石原裕次郎
ライター
石原慎太郎, 佐藤勝
収録アルバム
N/A (未発売)
リリース年
1956年
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近ごろはニュースを見ず、新聞もあまり読まず、仙人への道を歩みはじめていたのですが、新型インフルエンザへの対応が極端にノロいので、毎日、ウェブでチェックするようになり、すこし地上に引き戻されました。

映画『アウトブレイク』でも、警報を出すか否かで登場人物たちが争いますが、今回もCDCなどではきっと大激論があったのでしょう。いまごろ、早期警報派が、だれそれが責任を負うのをこわがったせいで、ここまで広がってしまった、と地団駄踏んでいるにちがいありません。

わたしは報道を見た瞬間(テレビではなく、ニュース・フィードで見た)、即座に徹底した空港検疫をはじめれば日本政府は合格、と思いましたが、案の定、無責任だから、ためらってしまいました。CDCの段階ですでに大きく遅れたことを計算に入れれば、即座に断固たる手段を執らねばいけないことは、わたしのような市井の人間にも簡単にわかることで、それができないようでは、役人も政治家も仕事をしていないことになります。

しかし、どこの国の政府もみな似たり寄ったりで、あそこは立派だった、なんていうのはないようです。21世紀のもっとも深刻な世界的流行病は、新型インフルエンザではなく、不決断病、無責任病のほうかもしれません。

◆ イレギュラーな楽器構成 ◆◆
わたしもやっと21世紀に追いついたのか、不決断病にかかりました。『狂った果実』をここまで引っ張って、このうえまだ4回目をやるのか、です。人のことを不決断とそしるなら、決断せざるをえず、「止めてくれるなおっかさん、だれも読まなくても4回目をやるぞ!」と決めました。いや、じつは、3回目をやって、カウンターの数字がおもいきり「引いた」らやめようと思ったのですが、午前中まででかなりいい数字だったので、他力本願の「決断」をしただけです。

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こういう砂浜につくられた夏場だけの臨時のアミューズメント・パークというのは昔はよくあったのだが、近年はあまり見ない。もっとも、逗子や葉山に行くこともめったにないから、こちらが知らないだけか。

もうひとつ、武満徹のスコアについてちょっと書くつもりだったのに、サンプルの出し遅れのせいであわてたために失念してしまった、ということもあります。前の記事に戻るのは面倒だというわがままなお客さんのために、もう一度ここにリンクを貼ります。なんて親切なんだろうと、自分を尊敬してしまいますよ。

サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)

この2曲のアレンジです。最初はハーモニカ、ウクレレ、ペダル・スティールというトリオの演奏です。って、これ、じつは、ものすごくイレギュラーな楽器編成です。わたしの自前脳内データベースはかなり規模が大きいはずですが、何日もずっと検索をかけているにもかかわらず、類似楽器編成の曲にヒットしません。これが唯一の例ではないでしょうか。いや、もちろん、そんなことはない、というご意見があれば大歓迎ですので、ほかの例をご存知なら、ぜひコメントなさってください。

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北原三枝と津川雅彦の背後に見えるのは国鉄逗子駅旧駅舎。記憶にございません。そういえば、殿山泰司がここで川地民夫に出くわし……いや、いまはそんなことを書いている場合ではないので、またいつか。

サンプル4のラヴ・テーマ変奏曲も、やはりイレギュラーな楽器編成です。こんどはリード楽器をハーモニカからトランペットに変更しているのですが、この組み合わせも他の例を思いつきません。ハワイアン的編成に異質なリード楽器を持ち込む、という基本方針を立ててから、スコア全体のアレンジに取りかかったのかと思っちゃいます。

いまになっても、この映画のスコアが古めかしく聞こえず、依然として相応の訴求力をもっている理由は、楽曲そのもののみならず、アレンジ、サウンドにもあるのだと考えます。

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ここでのショットは二度出てくる。カーヴに記憶があるのだが、どことも特定できず。たぶん、逗子から鎌倉に抜けるあたりではないか。

◆ 葉山テキトー散歩 ◆◆
さて、残るロケーションはほとんど海です。いちおう、映画を見直してから葉山に出かけたのですが、なんせ、あそこは荷車か駕籠が通るのが精いっぱいという江戸時代的な道幅なのに、無数の車が無理矢理通るために、おそろしく剣呑で、のんびりあちこち写真を撮って歩くわけにはいきませんでした。自転車で転倒した小学生が、うしろから来た車に轢かれて死んじゃった町ですからね。それくらい道幅が狭くて、ヘビとミミズの専用道路といったところです。

古今亭志ん生がいっていましたな。「昔はどこの家にも井戸というものがあって、よく若い娘が飛び込んで死んだものです。いまじゃあ、井戸もポンプで汲みあげるようになっちゃったので、死のうたってたいへんです。ほそーくなんないと飛び込めない」

葉山はだいたいそういう感じで、バスが来たら、ほそーくならないとすれ違えません。そういえば、昔、泊めてもらった軽音の仲間の葉山の別荘には井戸があって(いや、もちろん、簡単に飛び込み自殺はできず、「ほそーく」ならないと死ねないタイプの井戸だが)、海からあがると、井戸水で足を洗ったことを思い出しました。

というわけで、葉山ロケ地散歩は、立ち止まれるところで適当に撮ってきただけなので、映画と一対一対応で細かく見るというような、前回までの方法は使えません。どうかあしからず。たんに、1956年と2008年の葉山のムードの違いだけをご紹介するにとどめます。

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以上三葉は同じ場所でのショット。北原三枝はここに現れ、ここに消えるだけで、はじめのうちはどこに住んでいるのかもわからない。たんに「オンリーさん」であることを隠して、良家の子女であるかのように振る舞っているだけなのだが、岩場の構造のせいもあって、この隠蔽がなにやら彼女に神話的属性を付与する。

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江ノ島を臨む

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フランクのヴィラのありそうな場所を探したが、ついに見あたらなかった。もっと南のつもりか、あるいは逗子だったのか。

◆ 最後は相模湾南船北馬 ◆◆
東京都知事は、物書きとしてどれほどの才能があったのか、わたしにはよくわかりません。若くしてデビューした人はたいへんだな、と思うだけです。史上最高の物書きだとうぬぼれていれば、政治のほうに行ったりはしなかったでしょうから、ご当人もそれほどすごい才能とは思っていなかったふしがあります。

『狂った果実』の脚本はどうか? 政治家にしては悪くない本だと思います。兄弟の確執が単純な形をとらず、愛情と憎悪を一枚板の合金にしたところなんぞは、都知事だなんていうインチキ商売をやらせておくのは惜しい、あんた、物書きでも食えるよ、といいたくなります。でも、このスタイルでそのまま年をとるわけにはいかないから、物書きでありつづけたら、中年を迎えて苦しんだことでしょう。いくらご婦人方に人気があったからといって、渡辺淳一みたいな方向には曲がれなかったでしょうからね。

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ともあれ、『狂った果実』の、弟への思いやりなんだか、ただの身勝手なんだか、よくわからない兄の心情とふるまいは、それなりのリアリティーがあり、いまみても古くさくはありません。兄に対してやはり愛憎なかばする弟が、いくら激情に駆られたからといって、あそこまですることが納得いくようには丁寧に伏線が張られていないため、「こうでもしないと話が終わらない」という、エンディングのためのエンディングの感なきにしもあらずで、その点はささやかながら瑕瑾かなと思いますが。

さて、そのクライマクス・シークェンス。兄と恋人の行方を求めて、弟はモーターボートで相模湾を走りまわります。最初は、油壺に行くといっていたという話を信じて、南に針路をとります。そして、風向きからしてそれは考えにくい、「レッド・ヘリング」(ヒチコックがよくいっていた言葉で、辞書には「red herring_n.《深塩で長期燻煙処理した》燻製ニシン; [fig.] 人の注意をほかへそらすもの」とある)だと気づき、また葉山へ引き返します。このとき、一瞬だけ、油壺湾が映ります。

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こんな風景、わざわざ油壺まで行かなくても、葉山の近くで撮ればいいじゃないかと思うのですが、これはたしかに油壺のようです。連休中、お子さんやお孫さんと油壺マリンパークに出かけるようなことがあったら、あの岬の突端より手前にある、海に降りる道をちょっと散策なさってみてください。ああ、ここか、と思うことでしょう。

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昨年暮に油壺をぶらぶら歩いたのに、『狂った果実』にここが登場することを忘れ、肝心の同じ位置の写真は撮らず、富士山と海ばかり撮ってしまった。

劈頭の鎌倉駅のシーンからずっとロケ地を見てきて最後に思うのは、じつになんとも律儀に、忠実に「現地」を使って撮影していることです。つぎはぎで、適当に「それらしく」することは避けているのです。これはやっぱり、若さゆえの潔癖性ではないでしょうか。あとで会社の幹部に怒られたと思いますよ。もっと簡単に撮れるのに、よけいな金を使うんじゃない、1ショットのために油壺なんかにいくな、葉山ロケのついでに、そこらで撮れるだろうが、なんてね。

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だからかどうか、空撮を含む最後の一連のショットは、穏やかで、周囲に船がなければ撮れるものなので、どこの海で撮ったかはわかりません。それこそ、葉山沖かもしれません。したがって、『狂った果実』散歩地図(アクセスしてくださった人が数人いらっしゃるようで、どうもありがとうございます。親兄弟親戚友人だけかもしれませんが!)に印を付けた真鶴岬沖のポイントはおっそろしくテキトーなので、信用しないでください。そもそも、真鶴には三十数年前に遊んだきりで、あまり縁がなく、土地勘ゼロなのです。

でも、映画のなかで、真鶴だ、伊豆だ、といっているなら、これまでの経緯から考えて、真鶴も現地まで行って撮影したのだろう、なんてうっかり思いこんでしまうほど、中平康が律儀に現地ロケ主義に徹したことが、その跡を歩いてみてよくわかったのでした。

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オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
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by songsf4s | 2009-04-29 23:56 | 映画・TV音楽